書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『消滅世界』 ”社会で子どもを育てる”をエグい角度から考えさせる小説

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書評『消滅世界』 ”社会で子どもを育てる”をエグい角度から考えさせる小説こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は村田沙耶香さんの小説『消滅世界』の書評記事です。村田さんらしいエッジの効いた設定の作品ですが、そこで問われていることは超少子高齢化が進む社会で生きる私たちにとって真正面から考えなくてはならない問題のように感じます。

 

内容紹介

人工授精が当たり前になった近未来の日本を舞台とした作品です。「人工授精が当たり前に」というだけでは、「そういうこともありそうだな」とスッと受け取ってしまいそうですが、この作品のすごいところはさらにコンセプトを一歩踏み込んで、その世界においては「夫婦間のセックスは〈近親相姦〉とタブー視される」というルールを持ち込んだところにあります。種としての生殖と恋や快楽は分離され、後者の対象は家族とは別の恋人やキャラに対して行うことが当たり前となる世界の中で、父と母の〈交尾〉によって生まれた存在である主人公・雨音の結婚観や家族観、子育て観を軸に話が進んでいきます。

Amazonの内容紹介から引用します。

セックスではなく人工授精で、子どもを産むことが定着した世界。そこでは、夫婦間の性行為は「近親相姦」とタブー視され、「両親が愛し合った末」に生まれた雨音は、母親に嫌悪を抱いていた。清潔な結婚生活を送り、夫以外のヒトやキャラクターと恋愛を重ねる雨音。だがその“正常”な日々は、夫と移住した実験都市・楽園で一変する…日本の未来を予言する傑作長篇。

「さすが村田沙耶香」と唸らせる角度の設定

近未来社会の設定として「人工授精が当たり前になっている」というのはそこまで突飛なものではありませんよね。ただ、村田沙耶香さんはやはりそれだけの設定では終わりません。もう一歩ズボッと踏み込んで「夫婦間のセックスは〈近親相姦〉とタブー視される」というルールを定めます。

この世界においては恋愛や快楽と子孫を残す生殖行為は切り離されているのですが、そうした文化や規範の元ではどのような社会になりそうでしょうか。ここの想像力がさすが小説家であり、さすが村田沙耶香です。

この社会における恋愛対象は実在の人間に限らず、創作物としてのキャラクターにまで広がっており、それが一般的なこととなっています。そしてそうした社会の中において、主人公・雨音は両親の〈交尾〉によって出生したマイノリティ性を抱えており、その雨音の結婚観や家族観、子育て観が周囲の人物や社会との関わりの中でどのように動いていくのかというところが本作の骨子になっています。

後半で描かれる実験都市の様子にはそれこそSF的な管理社会ユートピアの様子が描かれていますが、そこで表出される違和感はむしろ現代社会に生きる私たちに対して向けられているようにも感じる部分も多々あります。

正常ほど不気味な発狂はない。だって、狂っているのに、こんなにも正しいのだから。

あまり踏み込みすぎるとネタバレが過ぎると思いますので、あらすじや設定についてはこのぐらいにして、残りは本作に描かれていた中で個人的に気になったり、考えるポイントになった部分について述べていきましょう。

男性の妊娠出産という技術

本作では人工授精が社会一般で当たり前になっているというだけでなく、「男性の妊娠・出産が可能となる」という技術的革新についても描かれています。

現実世界では実現していないものですので、技術的な実現可能性や科学考証などSF的な側面が気になる方は詳しくはぜひ実際に手にとっていただければと思いますが、子宮移植といった形ではない方法が採用されています。実現可能性はともかくとしても、なるほどと思いました。

個人的には男性の妊娠出産というのはぜひ実現して欲しいと感じる技術テーマの一つです。あまり大きなテーマとして社会的に捉えられているとは感じませんし、真面目に技術開発や研究に取り組む主体が一体どれだけあるテーマなのかも分かりませんが、近年日本でも本当に少しずつですが認知度が増してきているLGBTQの一般的な理解や同性婚や差別解消などの最低限の課題がもしクリアできたとしたら、次の段階では重要なテーマとなるはずです。

また、日本では男女間の格差というテーマもまだまだ根深く残っていますが、出産できるのは女性だけであるという生物学的な制約をもしなくすことができるのであれば、変わっていく部分もあるのではないかと個人的には感じます。もちろん技術的に確立したからといって、男性の育休取得が一朝一夕では広まっていかないように社会一般に広まるには課題がいくつも出てくるのでしょうが、子どもを作りたいとなったときに「どっちが生む?」という会話を夫婦で行うというのは個人的には違和感がないというか本来そうあるべきだと感じます。

人生100年時代を提唱した『LIFE SHIFT』では働く期間が長期化する中では、専門性を身につける期間やハードに働く期間、あるいは子育てを含めて家庭経営に重きを置く期間をカップル間で調整しながら歩んでいくことが重要であることが述べられていましたが、男性の妊娠出産が技術的に確立するのであればこうしたデュアルキャリアカップル的なあり方はより洗練されたものになっていくのではないかと感じます。早くそういう時代にしていきたいですね。(こうした技術が実現していなくても、日本よりは余程デュアルキャリアカップル的な世界観が当たり前に成り立っている社会はすでにあるので、日本でももっとできるはずなのですが)

「社会で子どもを育てる」とはどういうことか

続いて本記事のタイトルにも使用した「社会で子どもを育てる」という点についても少し考えてみましょう。本作では「実験都市・千葉県」での妊娠・出産と子育ての様子が描かれます。「実験都市・千葉県」では出産後に親子が切り離され、家族特有の絆というものが存在しない、とされます。子どもたちは一律に社会的に養護・養育されることになり、親を含めた千葉に住む大人たちはみんなで子どもたち全員を慈しむという世界観です。

その世界では、すべての大人がすべての子供の「お母さん」となります。すべての子供を大人全部が可愛がり、愛情を注ぎ続けます。

子どもが産みの親から切り離され一律で管理されるようなイメージにグロテスクなディストピア的なイメージを抱く方もいるでしょう。一方で、子どもを産んだからといって親が子育てに縛り付けられることなく、社会全体で子育てをしていくという状態をユートピア的に感じる方もいるのではないでしょうか。ここら辺は子育てというものにどのようなイメージを持っているかや、孤育てなど特に子育て中の母親の孤立といった社会課題的な文脈を知っているかどのように捉えているかといったことでも抱く感想が変わりそうな点です。

子育てや子育て中の母親の支援の活動を行っているような団体では目指すべきビジョンとして「社会全体で子育て」という表現を使うことは少なくありません。男性の妊娠出産が技術的に確立するのであればパートナーに負担をかけるよりも自分自身が妊娠出産したいと考えており、仕事でも非営利組織の支援として子育て支援に関わることの少なくない私もそれが実現した方が良い、と感じます。

もちろんその思い描く理想の社会は本作で描かれる「実験都市・千葉県」のような一律の管理社会ではないはずです。では、どのような状態が「社会で子どもを育てる街」として理想なのでしょうか。子育てや母親支援を行う団体に関わる方はぜひ一度この辺りは深めて考えていただきたい部分ですし、本作を読んでどのように感じるのか、問題があると感じるのだとしたらそれはどのような部分なのかを考えてみていただきたいです。

「こどもちゃん」の世界にそれでも残る男女格差

もう一つ描かれる社会の中で気になった点がありました。それはこの世界観の中の男女格差です。

この作品の社会では実験都市に限らず、恋愛と子孫を残すための生殖行為は分けて考えられており、その必然的な流れとして家族制度というものが消失しています。そして実験都市・千葉県においては男性の妊娠出産すら可能となっている状況です。

それでもこの作品の世界にはいまだ男女格差が残っているようです。作中の会話の中にはこんな台詞が登場します。

家族制度も無くなったが、経済的には男と暮らしたほうがいいわよね

この世界では未だに男女間の職業・収入格差が残っているということですね。作中で詳細に描かれる訳ではありませんので性別に由来するものなのかどうか断定はできませんが、主人公・雨音とその男性パートナーでは職業の専門性や収入にも差がありそうな描写も見受けられます。しかもその職業は実験都市においては行政から共産主義的に与えられるもののようでもあるのです。

男女差別の根っこがどこにあるのかというのは人類学者等の中でも詳細に突き止められている訳ではない問題なので、作中の世界の中でもそれが残っていることは不思議ではないのかもしれませんが、少なくとも現代の職業社会の中では出産・育児による負担は圧倒的に女性に偏っており、それは男女の職業・収入格差の根っこの一つになっているもののはずですが、それが取り払われた世界においても男女差別はまだ残るであろうと著者は明確に意図しているかどうかは分かりませんが想像しているように読み取れます。みなさんはどう感じるでしょうか。

『消滅世界』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

村田沙耶香『コンビニ人間』

第155回芥川賞受賞作で日本のみならず世界20カ国に翻訳され世界中でベストセラーとなった著者の代表作。『消滅世界』とは違い現代日本社会を象徴するような場「コンビニ」やそのマニュアル的なサービス社会の是非が問われています。コンビニエンスストアにしろ『消滅世界』で描かれる世界にしろ、村田さんは現代社会が押し進めてきた「合理化」や「合理化された私たち」に対しての違和感を描いているように感じます。

伊藤計劃『ハーモニー』

『消滅世界』は現代社会における家族や性、愛にまつわる論点を究極に合理化させていった世界観を描いた作品でしたが、まったく別の側面の合理化を極端に進めていくという発想の作品はSFでありつつ現代社会の象徴のように感じて色々と考えがいがあります。伊藤計劃の『ハーモニー』は医療技術や健康、それにまつわる倫理観の合理化が極端に進んだ世界という風に捉えることができるでしょう。日本的な何かを極限まで押し進めたユートピアによって日常感覚に揺さぶりを受けたい方にはぜひオススメです。

武田信子『社会で子どもを育てる』

本記事の中でも『消滅世界』の中で描かれる「社会で子どもを育てる」様子について考察しましたが、本書は現実世界で先進的な子育て支援を行っているトロントの取り組みの様子が描かれています。著者はトロント大学の客員研究員でありつつ、自分自身が小さな子ども二人を育てているという当事者でもあり、子育て支援の実践家でもあります。そんな著者が先進的なトロントの育児支援環境と日本のそれとを比較し、日本に求められるものをわかりやすくまとめています。2003年出版の本で、すでに絶版となっているようですが、ペーパーバック版で読めるようですのでご興味のある方は読んでみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。