こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は金井美恵子の『小春日和』の書評記事です。金井美恵子氏の代表的連作「目白四部作」の一冊です。
内容紹介
あらすじ
Amazonの内容紹介より引用します。
桃子は大学に入りたての19歳。小説家のおばさんのマンションに同居中。口うるさいおふくろや、同性の愛人と暮らすキザな父親にもめげず、親友の花子とあたしの長閑な「少女小説」は、幸福な結末を迎えるか。
目白四部作
金井美恵子さんの小説作品は現在では絶版となってしまって入手が困難なものも多いのです(電子書籍化を期待したいところです)が、入手しやすく、かつ作者の代表的な連作作品が河出文庫から出版されている「目白四部作」です。いずれも目白周辺を舞台とした小説で、それぞれの作品に他の小説の人物が少しずつ登場しています。
『文章教室』『小春日和』『タマや』『道化師の恋』という出版順序になっており、本書は2作目にあたります。とはいえ内容的に明確な続き物、という訳ではありませんので必ずしも出版順に読まなくても大丈夫です。
少女小説の系譜
解説によると少女小説の系譜とのことでした。少し気になって調べたところ、作者である金井美恵子さん本人が本作を「少女小説」と称したようです。なるほど。
ただ、個人的には類型としてはビルドゥングスロマンの系譜という方がしっくりきました。大学生活が始まるところから物語が始まり、友人との関わり、家族との関わり、社会との距離感、そんなあれやこれやで形成されていく自己、そして成長。と、本書のキーワードを切り出してくるとまさにそれはビルドゥングスロマンです。
この作品においての特徴は、居候先の作家の叔母との会話とその叔母による短編作品が挿話されることであるのですが、いったんそこは置いておいて、私が気になったのは会話の内容というか、話のネタ、でした。小説や映画の話がとても多くて素敵なのです。私が本作を読んだのは社会人になってからでしたが、中学や高校の頃に同じような「シャレた」会話がなされる作品を読んでは来る大学生活に憧れていたことを思い出しました。
小説の登場人物たちの特異性
主人公にしろ、友人にしろ、やたらと小説や映画に詳しいというのはビルドゥングスロマンにおける決まり事の一つなのでしょうか。いちいち小説や映画を引き合いに出した会話をしてみたり、行動様式が小説や映画に引っ張られてみたりと、いちいちシャレています。いや、私が本書を読んだときに感じたのは純粋な「シャレている」という憧れではありませんでした。「シャレている感じを出そうとしている感覚だ」とどこか穿ったような見方をしていたのです。鼻につくいうのでしょうか。
もちろん読みながらイライラしていた訳ではなくてむしろとても楽しんでいるのですけどね。伝えるのが難しい感覚なのですが、高校生のときに読んだ小説を思い出しながら「高校のときに読んでいたら純粋に憧れていたんだろうな」という大人目線の感覚を楽しんでいました。
文学や映画をネタにしたシャレた会話への憧れ
例えば思い出していた小説の一つが小説自体のテーマは違いますが同じく青春小説であるところの『Go』です。この作品でも主人公と彼女のやりとりがとても趣味が深くシャレていました。映画や文学や落語に至るまで。そういう会話ができるのって素敵だ!と感じていたのです。
まぁそういうキャラ設定だと言ってしまえばそれまでですし(『小春日和』の場合は「小説家とその姪」ということでまさにちゃんとキャラ設定してあります)、それを書いている作家自身がそういう若者であったのだと言ってしまえばそれまでなのですが、実際問題そこまでこうした分野に知識量が多い人間同士が集まることはそうそうないよね、というのが大人になってしまっていた私の感覚でした。ちょっとした「本好き」程度じゃ実現し得ないですからね、この手の小説における会話って。
私みたいな田舎育ちのちょっとした読書好きの人間が中学や高校ぐらいのときにこういう小説を読むと、登場人物たちの会話や関係性を知って「あーなんてオシャレ」と思うわけです。「俺も本好きだし、何年後かにはこうなってるわけか」と憧れます。 ただ、現実は違いましたね。
本は読み続けてたし今でも読み続けていて平均以上には読んでると思いますが、憧れた小説のような会話ができるには程遠かったのでした。そして、私に張り合ってくるような変態的なほどの知識を備えた奴と偶然に出会う、という出来事も残念ながらありませんでした。知識を備えた奴と出会いに行く、というより、たまたま出会ってつるんでるやつが趣味もあう、ってパターンですからね、大抵の場合。そんなことはねえ、中々ないですよ。もちろん中には小説の登場人物をなぞったような知識量でもってオシャレな会話してたりする人もいるんです。それは知っています。ただ自分が違っていただけの話です。
小説と現実の違いに折り合いをつける
でもたぶん、この手の小説を楽しんでいる読者のうちの大半は私と同じ側だと思うんですよね。 で、それじゃあこうした小説の役割って何かというと、現実と自分の距離感をはかって自分の形を認識していくということなのではないかと。つまりは、自己形成です。
自己形成のやり方なんてのは人それぞれ違っていると思うのですが、「本から入って本でイメージしたものとの違いを知っていく」というやり方が性に合う人もいるわけです。性に合っているというかそうせざるを得なくて、現実との折り合いをなんとか見つけていく作業というか。
こんなことを考えながらまぁこういう消費の仕方はビルドゥングスロマン的なものの受容の仕方としてはある意味王道的に楽しめているのかなとか思うわけです。
まとめ
そんなこんな、大人になってから青春小説を読んで、昔の本の読み方を思い出す小説でした。良い作品だな、と思います。ただ、10年前高校生だった頃に読んでハマっていただろうかと考えるとちょっと悩みます。なんというか、大人の手前という時期の独特のあやうさみたいな雰囲気が、この作品にはちょっと薄いように感じました。若い時に読むその手の小説の最大の魅力はそれだと思うのです。それはおそらくこの作品を書いた時の著者自身の立場は登場人物でいうおばさんの方に近い訳で、その意味で「大人から見る少女」という視点が強いように感じます。だからこそ私も自分の少年時代をこんなにも想起したんじゃなかろうかと。ということで、わりと大人向けな印象です。
本書を読んだ方にオススメの本
最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。
金城一紀『GO』
『小春日和』 と同じく登場人物たちの会話のベースの一つに文学や音楽という文化への傾倒が感じられる作品です。主題としているテーマはまったく違うのですが、文学や音楽というものはあらゆる人に必要とされているからこそ色々な作品において重要な名脇役の役割を果たしますし、だからこそ私たちは本を読み続けるのではないでしょうか。
保坂和志『プレーンソング』
新生活の時期を同じくする若者による共同生活というものもビルドゥングスロマンにおける重要テーマの一つではないでしょうか。それこそたくさんの作品があるのですが、青春時代特有の友人たちとの会話の面白さを文字によってこれだけ表現できるのもすごいなと感心したのがこの『プレーンソング』です。オススメ。
当ブログで書評も書いておりますのでよければご覧ください。
最後までお読みいただきありがとうございました。