本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『ナラティブカンパニー』”自分ごと化”に必要なのはストーリーではなくナラティブ?

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書評『ナラティブカンパニー』”自分ごと化”に必要なのはストーリーではなくナラティブ?

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事はPRストラテジスト本田哲也さんの著作『ナラティブカンパニー』の書評記事です。近年ビジネスを始めとしたさまざまな業界で「ストーリー」の言葉と並んでよく使われるようになってきている「ナラティブ」というキーワードを取り上げ、その力を企業として活用する方法や事例を解説した書籍です。

自組織のビジョンや取り組む社会課題への理解や共感を求めるNPOにとってもストーリーやナラティブといった「物語」の持つ力を理解することは非常に重要と言えます。

 

内容紹介

本書の著者の本田哲也氏は『PRWEEK』 誌で「世界でもっとも影響力のあるPR プロフェッショナル 300 人」に選出されたPRの専門家であり、P&G、花王、ユニリーバ、サントリー、トヨタ、資生堂、ロッテ、味の素など国内外の多数の企業や、国連機関や外務省、Jリーグなどさまざまな組織でPR・マーケティングに関わった実績をもっています。書籍も本書以外にも複数出版されており、2009年に出版した『戦略PR――空気をつくる。世論で売る。』は「戦略PR」という言葉自体を生み出した書籍として有名です。

本書はそんなPRの専門家である本田氏が「ナラティブ」というキーワードをビジネスの観点から読み解くもので、特に企業の広報・PRの側面での活用を解説する書籍です。

近年ビジネスの世界ではESG投資やSDGs、CSRなど利益至上主義から脱却し、地域や社会に対する責任を果たすべきことや、そうした姿勢を自ら打ち出すための軸となるパーパス(存在意義)の明確化などに注目が集まるようになってきています。本書ではこうした潮流との関連も含めて生活者に語ってもらえる「物語」を提示できることが重要であるとして、ナラティブを設計する手順を豊富な事例とともに解説します。

Amazonの内容紹介から引用します。

戦略PRの第一人者が伝授!

ナイキ、ソニー、アマゾン、メルカリほか、
豊富な事例に学ぶ「企業と生活者が共に紡ぐ物語」のつくり方

味の素冷凍食品:冷凍餃子は「手抜き」ではなく「手間抜き」です
パンテーン:「#この髪どうしてダメですか」
WHILL:車椅子→パーソナルモビリティとして再定義
ネットフリックス:世界一のDX企業に備わる共創構造

 

本書の構成

本書は以下のような構成となっています。

はじめに

プロローグ ナラティブの時代がやってきた

PART1 なぜナラティブが求められるのか?―ニューノーマルの3つの変化
 1「共体験」価値の高まり 
 2「社会的距離」の見極め 
 3「自分らしさ」が問われる

PART2 ナラティブを実践する5つのステップ
 STEP1 パーパスの設定:ナラティブの「起点」を定める
  ソニーの事例:パーパス策定から普及まで社長がリード
  サンリオの事例:ハローキティのパーパスは「普遍的な思いやり」

 STEP2 パーセプションの形成:ナラティブの「目的」を明確にする
  資生堂のunoの事例:「第一印象はつくれる」日本男性の認識を変えてヒット
  ワールドの事例:アパレル→「D2Cのまとめ役」へと変容

 STEP3 ナラティブスクリプトの作成:ナラティブを「描く」
  パンテーンの事例:「#この髪どうしてダメですか」
  味の素冷凍食品の事例:「冷凍餃子は“手間抜き”です」
  WHILLの事例:車椅子→社会的活動を守る新ライフスタイルの提案へ
 
 STEP4 マルチエンゲージの展開:ナラティブを「共創」する
  米SUBARUの事例:LOVEキャンペーン
  ナイキの事例:「Breaking2」プロジェクト

 STEP5 効果の測定:ナラティブを「はかる」
  ナラティブをはかる2つの方法論
   
PART3 企業価値に直結するナラティブ
 1 ナラティブ力を発揮する達人たち
  トランプもナラティブの達人?
  「こんまり」のナラティブ
 
 2 ソーシャル・レスポンシビリティ:責任を果たすナラティブ
  ユニチャームの事例:「生理について気兼ねなく話せる社会」をつくろう
  メルカリの事例:創業の原点は「なめらかな社会を築く」

 3 ビジネストランスフォーメーション:変革を進めるナラティブ
  ネットフリックスの事例:世界一の変革企業に見るナラティブ性
  objct.ioの事例:自分たちが欲しいと思うバッグをつくる

 4 ビヘイビア・プリンシプル:行動を起こすナラティブ
  SUNDREDの事例:「新産業共創」の「拠りどころ」となる

 5 ナラティブカンパニーの時代
  ナラティブは企業価値に直結する
  ビジョナリーカンパニーからナラティブカンパニーへ

おわりに
参考文献

本書をオススメする人

本書は以下のような方には特にオススメです。

  • 所属する組織で広報・PRに携わる方
  • 「パーパス」や企業の社会的責任と企業戦略の関連に関心がある方
  • NPO等の非営利組織で広報やマーケティングに関わる方

さまざまな分野で注目される「ナラティブ」と関連するキーワード

本書は特にPRの側面から「ナラティブ」というキーワードについて考えることがテーマとなっていますが、「ナラティブ」というキーワード自体はビジネスやビジネスにおける広報の中だけで使われるキーワードではなく、むしろ他分野で使われていたキーワードがビジネスセクターでも使われだしたというキーワードかと思います。

本書ではプロローグの中で「そもそも「ナラティブ」とは何なのか?」「ビジネスにおけるナラティブ」という節が設けられており、さまざまな分野において注目されるキーワードであることや、本書が特に扱うビジネス文脈における位置づけなどを簡単にですが、解説されています。

ビジネス以外の分野においては、文芸理論におけるナラティブ(物語学など物語の構造について分析研究する分野)や、医療・福祉・教育等の対人支援分野における当事者と支援者の間の対話やその姿勢のあり方としてのナラティブ・アプローチなどが本書でも触れられていますが、当ブログの読者の方では私自身の仕事(非営利組織へのコンサルティング)の関係から後者の医療・福祉等におけるナラティブ・アプローチについて馴染みがあったり関心をお持ちの方も多いかもしれません。

本書で扱われる「ナラティブ」は医療・福祉分野におけるナラティブ・アプローチと直接関わりのあるものではありませんが、まったく別物ということはなく共通点もあります。それは「物語の語り手は誰であるか」という視点の持ち方です。医療福祉分野におけるナラティブ・アプローチ自体について語りだすときりがありませんが、患者や当事者など支援関係における被支援者の当事者性や主体性を重要視したアプローチであるということが言えます。本書で扱われる「ナラティブ」についてもこの点は同様です。企業が主体となった物語ではなく、一人ひとりの生活者(消費者)の目線での物語であることが重要です。(本田さん自身は「物語の主体変更」という言葉を使って解説しています)

また、ビジネスに関わる分野では「ナラティブ」というキーワードそのものではなくとも、「物語」の魅力や「物語」への共感が注目のトピックとなっており、例えば製品やサービスのスペックそのものだけでなくそれらが生み出され、活用される場面までのストーリーへの共感を軸にしたファンマーケティングの重要性や、完成された製品・サービス・コンテンツだけではなくそれらを制作・開発する過程自体を共感・応援の対象とするプロセスエコノミーなど、関連・類似したキーワードも増えてきています。

ストーリーとナラティブの違い

ナラティブというキーワードを知った方が一番最初に興味や疑問を抱くのが「ストーリーとはどう違うのか?」ということではないでしょうか。この点の解説も非常に簡潔かつ明確で、プロローグでさっと説明をされています。

本田さんは「演者」「時間」「舞台」の3つの側面から違いを考えることができるといいます。

「演者」というのは「その物語の主人公は誰か」ということで、ストーリーの場合には企業やブランド、サービス自体が主人であるのに対して、ナラティブの主人公はひとりひとりの生活者です。

「時間」については、起承転結や始まりと終わりがある程度明確に決まっているストーリーに対してナラティブは常に現在進行系でさらにこれから起こる未来のことも含むという違いがあります。

「舞台」は、ストーリーがその企業やその競合が属する業界が舞台であるのに対して、ナラティブの舞台は社会全体です。生活者一人ひとりが主人公である以上業界に限定された話ではないということですね。

本書はナラティブについて考える書籍ですので、これ以降はナラティブについての解説が続き、ストーリーについては多くは触れられません。が、これは「ストーリーは重要ではない」ということではありません。生活者目線での発言や思考の余地・余白をつくっていくことが重要であることは間違いないですが、企業を主体としたストーリーにもその強みや活用すべき場面はあります。企業の創業ストーリーや製品開発ストーリーは、企業が主役として語られるからこそパワーを持つ場面もあり、その重要さが減ったということではありません。大切なのは二つの物語の違いを理解して、使い分けを行っていくということです(企業主体のストーリーを考える視点については末尾でオススメ書籍をご紹介しております)

ナラティブを実践する5つのステップ

本書で中心に解説されるのはナラティブを組織として活用していくステップです。各ステップでさまざまな企業の事例を引きながら解説されておりますので、詳しくは実際に本書を読んでいただければと思いますが、5つのステップの概要と活用を考える上でポイントになると感じた部分をお伝えします。

ナラティブを実践する5つのステップ
STEP1 パーパスの設定
STEP2 パーセプションの形成
STEP3 ナラティブスクリプトの作成
STEP4 マルチエンゲージの展開
STEP5 効果の測定

ナラティブは企業やブランドではなく生活者が主人公であるということを先に書きましたが、ナラティブを活用する起点はあくまでも企業側にあります。では、企業側の何が起点になるのかというと、パーパス・存在意義です。近年ビジョンやミッション等の経営理念の上位概念として日本企業にも注目されているものです。ESGやSDGsの盛り上がりを背景に企業の社会的責任が強く叫ばれるようになっています。パーパスはそうした文脈を検討し、外部に宣言していく際の起点となるものですが、そのパーパスがナラティブの活用を考える際にも重要だといいます。本田さんの言い方では「ナラティブによって企業の存在価値が伝わっていく」となりますので、むしろ両者がそろうことで初めて大きな価値を生むともいえそうです。

5つのステップの中で私が特に重要だと感じたのはSTEP3で登場する「ナラティブスクリプト」です。ストーリーとの違いの中で、ナラティブは社会全体を舞台として生活者一人ひとりの目線で現在進行系で語られるものであると解説されましたが、その語りの骨格を作り上げるのがナラティブスクリプトです。生活者が主人公であるナラティブの中では企業はその物語の登場人物となりますが、ナラティブスクリプトとは生活者と企業その他のステークホルダーが演じる物語の「脚本」のようなものだと本田さんは言います。

ナラティブスクリプトについては以下の記事で著者の本田さん自身が詳しく語っており、本書で紹介されているスクリプトの例も掲載されていますので良ければご覧ください。

narrativegenes.com

 

「自分ごと化」にはストーリーではなく余白のあるナラティブが必要

本書でナラティブの概念について改めて考える中で特に示唆に富む気づきだと感じだのは、ナラティブには「余白」が必要であるということです。本田さんは自組織のナラティブを描いていくためにはそのんナラティブの「範囲」と「余白」を考えることが大切なポイントであるといいます。

ナラティブの「範囲」とはその物語的構造の舞台がどこであり、そこには誰が登場するのか(多くのステークホルダーの中からそのナラティブにおいて重要な役割を演じるのは誰かということ)を考えることであり、狭すぎず、広すぎない範囲を見定めることが重要だといいます。狭すぎず広すぎないという感覚は抽象的な言葉だけだと考えにくいと思いますので、本書の中で実際の事例とともにイメージを掴んでいただきたいです。

そしてもう一つの大切なポイントが「余白」です。ここでいう余白とは生活者ステークホルダーが「参加できる余地」のことです。

例えばナラティブを実際に活用している事例として本書の中ではパンテーンが展開した「#この髪どうしてダメですか」のキャンペーンや、味の素冷凍食品の「冷凍餃子は”手間抜き”です」が紹介、解説されています。これらの事例のポイントは生活者一人ひとりが髪や校則にまつわる自分自身の経験や視点、あるいは冷凍食品を活用する一人ひとりの文脈から語られうるという部分にあった、ということですね。

NPOを始めとした多くの公益的な活動においては、解決に向けて取り組んでいる社会課題に対して関心を持ってもらうことを指して「自分ごと化」という言葉でその重要性を語ることが少なくありません。事業や活動に参加してもらうにしろ、寄付などの支援をしてもらうにしろ、その問題に他人事ではなく自分ごととして関わってもらいたい、ということです。これは多くの活動分野にとって非常に重要なものですが、一方でどうやって自分ごとに捉えてもらうのか、という点についてはあまり明確ではないことも少なくないように感じています。

本書で解説されるナラティブの余白という観点には、まさにこの自分ごととして考えてもらうことのヒントが詰まっているように感じます。さまざまな社会課題への社会的な関心を醸成したいと考えていらっしゃる方や、社会的な活動への市民参加を盛り上げていきたいといったようなことを考えていらっしゃる方には、ぜひ一度本書を読んでどのように自組織の広報に活かしうるか考えていただきたいです。

『ナラティブカンパニー』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

本田哲也『戦略PR――空気をつくる。世論で売る。』

『ナラティブカンパニー』の著者本田さんの出世作とも言える本です。戦略PRのブームともいえる盛り上がりをつくったきっかけとなって本で、社会的な盛り上がりやムーブメントをつくっていくことをサブタイトルにもある「空気をつくる」というキーワードで解説しています。実際に仕掛けるのは簡単ではありませんが、それでも本田さんの理論的な解説と事例の紹介ははどこから考えれば良いのかとっかかりが見つかりやすくなりますのでおすすめです。

楠木健『ストーリーとしての競争戦略』

『ナラティブカンパニー』ではストーリーとナラティブの違いを整理した上で、事業戦略に生活者目線のナラティブを活用する方法を考えるものでした。一方でナラティブと対比された企業目線のストーリーもまた重要であることは本記事でもお伝えしましたが、企業はその戦略をストーリーとして作り上げることが必要であるということを解説した本書は非常におすすめです。特に組織全体の戦略設計に関心のある方は必読です。

野中郁次郎/勝見明『共感経営 「物語り戦略」で輝く現場』

『ナラティブカンパニー』とは使われている言葉や視点が異なりますが、近い発想で語られていると感じたのが『共感経営 「物語り戦略」で輝く現場』です。サブタイトルにも含まれている通り「物語り」の重要性を「共感」のキーワードの元に解きほぐしています。『ナラティブカンパニー』が生活者、ユーザー、市民の目線や文脈に注目していたことに対して、『共感経営』では製品やサービスの開発や運営に関わる現場社員やスタッフの目線や文脈に注目したアプローチといえます。どちらも重要な視点ですので合わせて読んでみると面白いでしょう。

書評も書いておりますので良ければお読みください。

 

daisuket-book.hatenablog.com

 

ジョエル・ベスト『社会問題とは何か』

続いて少し視点を変えて社会学からのご紹介です。『ナラティブカンパニー』ではそれぞれの生活者が自分の文脈の中で物語るナラティブの強力さが解説されていましたが、そのように市民の関心にのぼるものが「社会問題」として認識されるようになるということを社会全体の俯瞰した視点からモデル化し、解説した本です。社会問題について扱った学術的な書籍ではありますが、戦略PR的に社会全体の盛り上がりを意図した広報活動に関わっていたり関心をお持ちの方は一度読んでみるといろいろな気づきを得られるかと思います。

書評も書いておりますので良ければお読みください。

 

daisuket-book.hatenablog.com

 

ロバート・J・シラー『ナラティブ経済学』

『ナラティブカンパニー』の中で著者の本田さんも言及しているのがノーベル経済学を受賞しているロバート・J・シラーによる『ナラティブ経済学』です。『ナラティブカンパニー』出版時点(2021年5月)にはまだ日本語訳版は出ていなかったのですが、2ヶ月後の2021年7月に待望の日本語版が出版されました。『ナラティブカンパニー』は特定の企業と生活者の関係の中における「物語」の力を考える本でしたが、シラー教授によれば世界的な経済現象の背景にも「ナラティブ」が存在し、物語の構造や、言及のされ方を読み解くことが重要であるということが解説されています。


最後までお読みいただきありがとうございました。