本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『アジア史概説』世界史理解の解像度が上がる大作歴史書

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書評『アジア史概説』世界史理解の解像度が上がる大作歴史書

こんにちは。書評ブログ『淡青色のゴールド』へようこそ。本記事は宮崎市定さんの『アジア史概説』の書評記事です。アジア各地域の歴史を詳細に描きつつ、ヨーロッパ等周辺地域とのつながりや相互の影響を明らかにすることでアジアだけでなく、世界史理解の解像度が一段上がる歴史を学びたい方には強くオススメできる一冊です。

 

内容紹介

本書はその書名の通りアジア地域の通史を学ぶことができる書籍です。東アジアのみならず、西アジアやインドなど各地域、そしてこうしたアジアの歴史の中における日本などを詳細に、丁寧に学ぶことができます。アジアという一地域の通史ではありますが、つねに関係や相互影響のあったヨーロッパとの関わりについても詳しく触れられていますので世界史自体の学習としても意義深い一冊です。

Amazonの商品紹介から引用します。

東アジアの漢文明、西アジアのイスラム・ペルシア文明、インドのサンスクリット文明、そして日本文明等、異質の文明が交通という紐帯によって結びつき、相互に競い、かつ補いあいながら発展してきたアジアの遠大な歴史を解き明かし、人類全体に及ぶ「真の歴史」を発見する。

『アジア史概説』の表紙

本書の構成

本書は以下のように構成されています。

新版の序
諸論
第一章 アジア諸文化の成立とその推移
 第一節 アジア諸文化の黎明
 第二節 古代ペルシアとその近傍諸国の文化
 第三節 古代インドとその文化
 第四節 古代中国とその文化
第二章 アジア諸民族の相互的交渉
 第一節 イランの形勢とアラビア帝国の盛衰
 第二節 インドとインドシナ民族の盛衰
 第三節 北方民族の活躍と中国への影響
 第四節 漢民族の更張とその隆昌
第三章 アジア諸文化の交流とその展開
 第一節 海陸通商の発展とアジア循環交通の形成
 第二節 ペルシア文化の東方への波及
 第三節 インド文化の流伝
 第四節 中国文化の更生とその隆昌
第四章 近世的ナショナリズムの潮流
 第一節 近世史段階の地域による傾斜
 第二節 北方民族の活躍と宋朝下の漢民族
 第三節 蒙古の大征服
 第四節 明王朝とチムール帝国
 第五節 清代のアジア
第五章 近世文化の展開
 第一節 イスラム文化の光輝
 第二節 中国近世の新文化
 第三節 三種近世文化の交流
第六章 最近世文化の東漸
 第一節 ヨーロッパ勢力膨張の由来
 第二節 ヨーロッパの最近世文化に対するアジアの寄与
 第三節 インドの没落
 第四節 清朝の開国とその滅亡
 第五節 西アジアの衰頽
第七章 アジア史上における日本
 第一節 日本古代史の諸問題
 第二節 日本的中性
 第三節 中世的近世
第八章 現代アジア史
 第一節 中華民国の変遷
 第二節 中華人民共和国の成立
 第三節 南アジアと西アジア
 第四節 近代化後の日本
結語
著書目録
解説
人名・事項索引

『アジア史概説』の名にふさわしい素晴らしい完成度

歴史を学ぶ観点というのは非常にたくさんあります。政治・経済・文化などの観点から覗いてみたり、例えば文化の中でも衣・食・住などのさらに細かい観点から入ってみたり、あるいは各地域や年代など特定のポイントにフォーカスしてみたりなど、どのように視点を持つかで様々な学び方がありますが、歴史を学ぶことに関心を持つ多くの人が学びたいと考えるのが「通史」ではないでしょうか。人類の営みがどのように続いてきたのか、なぜ現在のような社会関係になっているのか歴史的な経緯や影響を理解したいと考える人にとって全体の流れを概観できる「通史」というのは非常に心強いものです。本書は『アジア史概説』という名の通りアジア地域の歴史を概観することのできるアジア地域の通史なのですが、完成度が素晴らしいです。現在の文庫として出版される前のオリジナルが出版されたのは1970年代と50年ほども前になるのですが、今でも十分に通用する歴史書です。

アジア全域を網羅

まず本書は対象としている地域が非常に広いです。アジアというと日本人としてはどうしても視点や関心が東アジアに偏ってしまうところも少なくないと思いますが、本書は東アジアだけでなく西アジア、中央アジア、南アジア、東南アジア、北アジアといったアジア全域を対象とし古代から中世、近世に至る各年代でアジア各地域での文明や王朝の盛衰、宗教や文化などの様子を丁寧に記述しています。全編で600ページ近い大部の作品ですので、なかなか読むのが時間がかかりますが、まったく押さえられていなかった地域や年代も多く非常に勉強になりましたし、今後も歴史の勉強をする中で復習として戻ってくることが何度もありそうです。

アジアの歴史を学べば世界史の理解レベルが上がる

本書はタイトルの通り「アジア」という地域の歴史を概説するものではありますが、アジアの歴史をヨーロッパなど周辺地域との関係とともに理解するということは世界史全体の理解のレベルが一段上がることだと私は考えています。それは、東西に長いアジアとヨーロッパにまたがる地域は農業や牧畜といった基本的生産技術はもちろんのこと、他の様々な技術や文化が伝播しやすいという特徴を持っていることや、人類発祥の地であるアフリカと陸続きとなっているアフロユーラシア大陸という地理的特性上、人類が居住し文明を築いてきた歴史が他の大陸よりも長いことなどから、全歴史年代を通じて文明の発展度合いや複雑さが他の地域よりも進んでいた地域なのがアジア・ヨーロッパだからです。例えば宇宙の誕生から生命、そして人類の歴史までを一貫してまとめる取り組みであるビッグヒストリーでもアジア・ヨーロッパの歴史記述には重きが置かれているのですが、『ビッグヒストリー』の書籍一冊ではなかなか踏み込めていなかった詳細を深めることができますので、『ビッグヒストリー』や『サピエンス全史』あるいはジャレド・ダイアモンドの『銃・病原菌・鉄』など人類史に関心のある方の歴史理解を強化する一冊としてもオススメできます。

詳細さと全体感のバランスが絶妙

本書を読んでいて素晴らしいなと感じた点は各文明や地域の歴史の詳細さとアジア史という全体感のバランスが非常に良いということです。特定の年代の文明や王朝に対して関心が高かったり、すでにある程度詳しいという方からしてみれば、一つ一つの掘り下げは物足りない部分も当然あるかとは思いますが、単に時系列で歴史的事実を書き連ねるだけなら年表でいいということになります。あくまでも本書はアジアの歴史を概説するということが主題であり、その年代やその地域ごとの社会の特徴や同時代の他の地域との関わりや前後の歴史とのつながりに重きが置かれています。それでも、中学・高校の歴史の教科書ではあまりにもあっさりしすぎていて前後のつながりや影響が分からなかった部分が理解できたり(例えばモンゴル帝国から元への流れだったり、中国各王朝の変遷の経緯など時代の移り変わりが学べたのは特に良かったです)、あるいはそもそも高校までの教科書ではまったく触れられないような地域の歴史を知ることができて(例えばインドの歴史や遊牧民族の歴史などはアジア全体の相互影響の中で非常に重要でありながら詳しくはまったく知らなかったので本書をきっかけに色々学んでみたくなりました。あとオスマン帝国なども)、世界史の初心者初学者としては非常に満足感がありました。あくまでもアジア全体の歴史を理解するという大きな目的からは逸れない範囲で丁寧さ詳細さも持ち合わせている素晴らしい構成力だと感じます。

経済的要因で相互に影響し合い進んでいく歴史

本書では、古代・中世・近世の各年代ごとに地域別だったりトピック別に深堀りすべきポイントを絞って記述していく構成が取られていますが、基本的には「古代における大統一の時代、中世の分裂時代、そして近世の再統一と発展」という基本ラインを軸に各地域ごとの特色や関わり合いを説明していくという流れになっています。この流れを理解する上では①東アジア・西アジア・ヨーロッパというしばしば統一の中心となった地域のそれぞれの文脈を理解することと、②各時代における東アジア・西アジア・ヨーロッパの相互のつながりや影響がどうなっていたのかを理解することが大切であるということがわかってきますし、そうした部分にこれまで自分の知らなかった文脈を見つけたり、これまでにも知っていた歴史的出来事がこうした大きな文脈の中に登場したりすると歴史理解の解像度がぐっとあがる感じがしてとても面白いですね。

例えば①についていえば、明の鎖国政策が倭寇の登場に影響を与えていたというのはこれまでも知っていましたが、秀吉の朝鮮の役もその派生であるという指摘はなるほど、と思いました。

豊臣秀吉の朝鮮の役もまた、明の鎖国主義に対する抗議の変形したものであった。すなわち尋常の手段では、大陸と平等の立場にたって自由な国交貿易を行うことができないので、まず朝鮮に塀を進めて明と国交を開く契機をつかもうとしたのである。秀吉の前後二回の朝鮮出兵に際して、明は朝鮮をたすけるために大軍を送ったが、この輸送路にあたる南満遼東地方は、そのために侵されると同時に、交通の頻繁化によって物資が活発に動いた。このことは満州奥地に住む女真人に経済的な利益を与えたことも疑いない

そして、この動きがその後の女真族と中国王朝の関係にも影響を与えてくる、と。面白いですね。もちろん秀吉の朝鮮の役については当時の日本側の事情であったり、秀吉個人の当時の状況などさらに色々な側面から推測していくことが必要だと思いますが、秀吉一個人の暴走とだけ理解することには無理があるとずっと考えていたのでこの辺りを深めるきっかけを見つけられてよかったです。

②については、特に経済的な影響の連鎖を各年代で重要視しています。例えば近世では西アジア統一の中心地となったオスマントルコがアジアとヨーロッパの中間に位置し、交易による高い利益を上げていましたが、そのことがヨーロッパ勢力にオスマンを介さない海路の開拓を模索する動機を与えることになり、喜望峰経由のインド航路が開拓されるとそれまで長い歴史の中で交易の重要ルートであったシルクロードの経済的重要性が低下することになり、経済的重要性の低下は人の交流の低下や文化や政治など他の面での停滞にも影響していった…、といった相互影響の要になったものを貨幣や交易などの経済面、宗教などの思想面、芸術などの文化面など多方面から解説していて非常に勉強になりました。

第三章までは戦前に文部省の要請で執筆された

私の手元にある文庫本は初版が1987年出版の中高文庫版で、現在購入できるのはリニューアルされて中公文庫プレミアムから2018年に出ているものですが、本書の歴史自体も書籍としては相当に古いです。解説によると本書が最初に出版されたのは1947年。その後、第8章の現代アジア史と索引を追加した新版が出版されたのが1973年だそうです。現在文庫化されているものはこの1973年版が元になっていますので約50年前の書籍ということになります。それだけでも現代までを記述する歴史書としては相当なものですが、本書の歴史はさらにさかのぼります。なんと、第三章までは戦前に書かれたものなんだそうです。

解説によると本書の元になった原稿の執筆経緯は

『大東亜史概説』編纂の企画が、文部省の教学局で始まったのは、1942年の7月頃であった。大東亜史とは、当時のいわゆる大東亜共栄圏の歴史のことで、それが完成の暁には、大東亜の各国語に翻訳して、共栄圏の諸国民に読ませようという遠大な目的を有したものであった。

ということです。当時の東京帝大、京都帝大から著者を含めた歴史研究者が集められ、当初は日本の文化がアジア各地へ広がっていくような歴史を書くような要請の元に始まったプロジェクトであったと。当時の時代状況の中で非学問的なものを書けと言われた研究者たちの心中は想像することも難しいですが、それでも歴史研究者として後世の物笑いになるようなものは作れないと熟慮した末に

叙述の範囲をビルマ以東に限らずにアジア全体に拡げた歴史を書き、また日本を扇の要にする代わりに西アジアを扇の要におき、最古の文明はまず西アジアに発祥し、それが次第に東へ伸びてきて、最後の終着点たる日本において最高度の文化を結晶させた、というふうになら書きうるという答申をした。ところが、その答申をうけた文部省が、大東亜の範囲を拡げることなら、いくら拡げても構わない、という意向を示したのみならず、日本文化光被説がまったく正反対の西アジア文明東流論にきりかえられたのをさえ、やすやすと認めたのには、いささか拍子抜けした、という。

という経緯があるとのことです。

その後このプロジェクトとしては執筆が完了する前に終戦を迎えてしまい、プロジェクト自体も自然消滅していたそうですが、その保存された資料が本書の第三章までで、第四章以降を著者が一人で書き上げて出来上がったのが本書ということになります。本書自体の歴史にも驚きますし、戦前に文部省主導のプロジェクトで書かれたものが今でも通用すると感じる歴史記述になっていることに当時の研究者たちの気概を感じます。

さすがに第三章までの古代史の記述には進歩史観的な視点があり、それは書かれた時代的に仕方のないことなのかなと思いながら読んでいたのですが、こうした本書執筆の経緯を知ってみるとまた感じ方が変わってきます。

例えば諸論には以下のような記述があります。

現在、地上の人類の中で、いちじるしく進化の遅れた人類は長い歴史時代においてつねに世界交通の圏外に放置された民族である。すなわち旧大陸では北はシベリア、南はアフリカ南部およびオーストラリアの原住民であるが、かれらの知能的後進性は、遺伝的賦性によるとともに、世界の交通から除外された文化上の無刺激性によるものである。

本書をより楽しむ上では解説を先に読み、こうした現代の感覚からするとかなり時代錯誤的な歴史記述の背景も想像しながら読みすすめるとより学びがあるかもしれません。

遠大な歴史を踏まえて勉強し直す現代アジア史

ということで、本書が最終的に完成されたのは1973年ですので、「第8章現代アジア史」も1970年頃までの範囲となりますが、それでも個人的には非常に勉強になりました。第8章では中華民国以降の中国史に特に重点が置かれているのですが、蒋介石や孫文、毛沢東といった重要人物や各勢力の関わり合い、そしてアヘン戦争や盧溝橋事件など諸外国や日本が関わった様々な出来事がどのように影響していたのかなど、それこそ高校の歴史教科書程度ではまったくわかっていなかった経緯に詳しく触れられていて、非常に勉強になりましたし、1970年代以降の50年分の歴史も含めてもと勉強せねばと改めて感じました。

ということで、読むのになかなか時間がかかりましたが非常に勉強になる本でした。

『アジア史概説』を読んだ方にオススメの本

最後に本書を読んだ方、あるいは興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

『ビッグヒストリー』(デヴィッド・クリスチャン、シンシア・ストークス・ブラウン、クレイグ・ベンジャミン)

まず一冊目は書評中にも少し触れましたが宇宙の誕生から現代までの歴史を一貫して記述する『ビッグヒストリー』です。歴史のすべてを整理して理解したいというのは歴史に関心のある方なら誰でも思うことだと思いますが、自然科学と人文科学の両方を駆使しながらやっとそれが現実的なものになってきた幸運な時代に生きているのが私達です。最新の研究成果を思う存分楽しんでいただければと思いますし、『アジア史概説』と合わせて読むとより解像度が上がります。

『シルクロード世界史』(森安 孝夫)

続いてはアジア史自体の歴史理解度をさらに上げるという観点から。アジア全体の歴史の中で長く重要な役割を果たし続けたシルクロードを中心に記述する『シルクロード世界史』です。『アジア史概説』でも各時代や各地域の相互影響によって歴史が進んでいくことが解説されていましたが、その交流の中心地であったシルクロードを中心に政治、経済、文化、宗教や思想あるいは人種そのものなどさまざまなものが混ざり合うこと自体が歴史であるということがよくわかります。

『中東全史』(バーナード・ルイス)

最後に紹介するのは『中東全史』。『アジア史概説』でも文明の中心地として、東アジア・ヨーロッパと並んで丁寧に記述されていた西アジアについてその通史を深堀りする書籍です。ムハンマド登場以前の古代から20世紀までの歴史を学ぶことができます。特にイスラム登場以降は世界の中心だった時代も長い中東の歴史を学ぶことは歴史の勉強としても欠かせないですし、現代世界を理解する上でも大切にしたい視点です。

最後までお読みいただきありがとうございました。