こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事はくまモンを生み出したアートディレクター水野学さんの『センスは知識からはじまる』を紹介する書評記事です。
- どんな本か?
- 「センスのよさ」とは
- 美術の授業が「センス」のハードルが高くしている
- どうやってセンスを身につけるか
- 知識を増やすコツ
- 「センス」コンプレックスの人にこそぜひ手にとって欲しい
- 本書に興味を持った方にオススメする本
どんな本か?
私は本書のタイトルに共感して購入しました。内容はまさにタイトルに集約されています。「センス」というものは「知識」を得るところから始まる、知識あってのこそのものだ、というのが本書の主張です。「センス」は一般的に才能のようなものだと捉えられがちで、だからこそ「自分にはセンスがない」ということをコンプレックスに感じてしまっている方も少なくないのではないでしょうか。私もその一人でした。本書はそんな「センスコンプレックス」の人にこそ読んで欲しい一冊です。
筆者の水野さんは「くまモン」を手がけたアートディレクターです。デザインの世界で大活躍をしている方なので、当然天才的なセンスの持ち主なのだろうというイメージを持ってしまいますが、「センスは学ぶることのできるものである」というタイトルに集約される考えや、センスあるアートディレクターとしての「ものの見方」など、ものすごく共感できる考え方でした。
「センスのよさ」とは
「センスのよさ」とは何でしょうか。水野さんはセンスのよさを「数値化できない事象のよし悪しを判断し、最適化する能力」と定義します。
このように定義すると、次に浮かぶ疑問は「数値化できないものをどのように判断するか?」というものですが、この点についても明確に答えを述べます。それは「普通を知ること」であり、それが唯一の方法だといいます。
個人的にはわりとすんなり入ってくる説明でしたが、人によってはなかなか腑に落ちないこともあるのではないかと思います。「普通」という言葉は、なかなか捉えがたい言葉ですからね。
「普通」とは何か。それは、大多数の意見を知っていることでも常識があることとも違います。「普通」とは「いいもの」と「わるいもの」とがわかるということと水野さんは説明します。「いいもの」と「わるいもの」の両方を知った上で「一番真ん中」がわかるということが「普通を知る」ことである、と。
その人が知っているものの絶対量が少なければ、たまたま知っているものが実は他の人から見れば「悪いもの」ばかりかもしれません。その中でしか判断できない自分だとすれば、自分にとっての良いものが他の人にとっても良いものである可能性は低くなってしまいます。
だから、相対的評価の精度をあげていくには、評価する世界を広くしていくしかないということです。その上で、自分の評価と「みんな」の評価のズレを掴んでいく、ということです。
美術の授業が「センス」のハードルが高くしている
水野さんは、現在の学校教育における美術の授業には大切なモノが欠けていると指摘します。
- 芸術や美術についての知識を蓄える「学科」
- 絵を描いたり、ものを作ったりする「実技」
学校教育における美術の授業は大きくこの2つに分けることができます。この分類のうち、現在の美術の授業は「実技」にウエイトを置きすぎており、「学科」にももっと力を入れて身につけさせるべきだと主張します。
「学科」というと単なる知識の詰め込み的なイメージが浮かぶ方もいるかと思いますが、水野さんの例えはとても分かりやすいです。
たとえば経済学では、経済そのものと関係がないカール・マルクスという人物の歴史を学ぶなど、枝葉と思われる知識の部分も知っておくことが大切だという共通認識があります。
同じことは美術でも重要である、といいます。
つまり、「ある絵の描かれた背景についてどれだけの知識があるか」や「どうしてこのような作品が生まれたのか、体系立てて説明できるか」というようなことが適切に評価されるようになれば、よきセンスを養うことにつながるだろう、ということです。
この指摘はなるほど、と感じました。
中学校の美術では「学科」のテストとしてペーパーテストもありました。テスト前には教科書を読み込んでそれなりに良い点数をとった覚えもありますが、中身は何も覚えていませんし、水野さんが言うような絵を見る態度について学校で学んだことはありません。現在の美術の授業はそもそも「実技」に偏っており、数少ない「学科」部分も「絵の背景を想像できるような知識や態度」を身につけるものにはなっていないということですね。
水野さんが指摘するような「学科」であればもっと勉強したかったと強く思います。私自身は絵を描くことは苦手でしたが、美術自体は好きですし、今でも美術館へ行くことは私の大切な趣味の一つです。しっかり体系立てて「学科」を学ぶことができていれば、今よりさらに深く絵を見ることを楽しめるようになるかもしれません。
また、個人的には現状の美術の授業の問題点は学科面の貧困さだけではなく、実技についても問題多いと感じます。例えば、絵を描く授業ではみんな同じポーズの絵を描かせたりとか。全然楽しくないもん。
どうやってセンスを身につけるか
タイトルにも通じる本書の中心テーマです。水野さんの考えは本書のタイトルにもなっていますが、センスとは知識の集積であるというものです。
企画を考えるときの発想法の話が面白かったです。
何か企画を考えようというときには、「他とは全然違うもの」「今までにないもの」「あっと驚くもの」という視点で考えがちですが、そもそもこの発想が間違いであるといいます。私もものすごく身に覚えがある間違いです。
ではどのように考えれば良いのか。水野さんはまずは「誰でも見たことのあるもの」が何なのかという知識を蓄えることが大切だといいます。本書前半で語られる「普通を知る」にも繋がる部分です。
水野さんが言うには「あっと驚くもの」自体はよくあるんだそうです。ただ、その「驚くかどうか」という一軸だけで考えるから失敗してしまう、と。驚くかどうかだけではなく、企画なんだからそもそもちゃんと「売れるかどうか」も軸として持つべきだと指摘します。言われてみれば確かにその通りです。
「驚くかどうか」と「売れるかどうか」の2軸のマトリックスで世の中に出てくる商品を分析すると概ね次のような分類になるそうです。
一番少ないのは、アット驚くヒット商品(2%)
次に少ないのが、あまり驚かない、売れない企画(15%)
あまり驚かないけれど売れる企画(20%)
あっと驚く売れない企画(63%)
驚くものに目が行き過ぎて売れない企画になってしまうことが多いという指摘も納得です。
過去に存在していたあらゆるものを知識として蓄えておくことが、売れるものを生み出すには必要不可欠であり、ひらめきを待つのではなく、知識から考えることが大切だということを繰り返しおっしゃるのですが、ここら辺はアイディアの発想法としては実はけっこう昔から言われていることとも共通しているなと感じました。
例えば『アイディアのつくり方』という本があります。「アイディアとは既存の要素の新しい君合わせ意外の何ものでもない」というアイディアの本質が語られる本なのですが、水野さんの言葉を読みながらトップレベルで活躍する人はきちんと実践しているんだなと改めて感じました。『アイディアのつくり方』もものすごく面白いので、オススメです。
知識を増やすコツ
普通を知るために知識を増やしていくことが大切であるといいますが、では知識を増やしていくにはどのような方法があるのでしょうか。水野さんは次のように整理します。
- 王道から解いていく
- 流行しているものを知る
- 共通項や一定のルールがないかを考えてみる
この3つの手順にそっていけばある程度のレベルまでは達するそうです。
これは共感、というよりすでに実践できていました。このような視点でものを見ることができるかどうか、こそがセンスの本質何じゃないかとも思います。
このあとの話も面白かったです。
知識はものすごく大事だけれど、ものを見たり良い悪いを判断するときには知識だけでなく、感覚も使っているそうなんです。ただし、水野さんによれば「感覚」とは知識の集合体であり、それまでに良いと判断をしてきた体験や、社会知こそが感覚を形作っているとのこと。
これは先日読んだ『脳には妙なクセがある』の池谷さんも似たことを書いていましいた。良い反射、良い意識、良い思考を作っていくためには良い経験をするしかない、と。(『脳には妙なクセがある』のレビューは以下から)
さらに、将棋の羽生さんも同じようなこと言ってたなと思いだしました。羽生さんが言っていたのは経験により直感の精度が上がっていくという話です。これは水野さんの言う「感覚」と通じる部分です。
デザインと将棋という全然違う世界で活躍している方が似た感覚を持って仕事に臨んでいるというのはおもしろいことですね。
「センス」コンプレックスの人にこそぜひ手にとって欲しい
私は仕事ではWebディレクターをしており、本職としてのデザイン制作はしないにしろ、制作物のコンセプト決めやラフデザインの作成は担当するし、デザイナーさんへの制作の指示出しは行います。
私自身はコンサルタントに転職する前は事業会社でWebディレクターとして働いており、現在でもWebディレクションに関わるご依頼をいただくこともありますが、制作のスキル自体はそれほどないし、そもそも絵を描くことはまったくできませんが、それでもデザインの良い悪いは判断することはまがりなりにもできています。とはいえ、もともとはかなりのセンスコンプレックスの塊でした。
もとからデザイン的なことが好きな方だったのですが、好きなのに絵や字は上手くできないという意識はずっと持っていました。私の場合は、そういう実技面でのコンプレックスがあったからこそ、かえって勉強しよう、勉強で補うことの出来る部分はカバーしようという意識に向かっていたように感じます。
水野さんが「知識を増やすコツ」として紹介する、良いものの良い部分や悪いものの悪い部分を分析する見方はいまではもう習慣として当たり前になっています。
例えば事業会社にいた頃はインターネット広告にも関わっていましたが、街中で見かける交通広告や看板などを見て、良い悪いを判断してみたり、自分ならこうすると考えてみるということを習慣的にやっています。また、広告という自分に関わりのある部分以外でもそうで、お店の外装内装を考えてみたり、街を歩きながら写真や動画を撮るとしたらどうするか、と考えてみたりということを普段から自然とやっています。
普段からこういう視点でいることで、いざ自分がデザインに関わる時にも、考えるべきポイントに因数分解することができたり、因数分解したポイントに対しての引き出しを用意しておくことができたりする、というのが水野さんのいう知識を増やすコツということだと思います。
「センス」に対してのこのようなアプローチもまったく間違っていない、というかむしろ水野さんに言わせればそれこそがセンスの身につけ方であり、王道であったということです。これは個人的には非常に励まされる内容でした。
センスなんて、と思って諦めている人こそこの指摘を知り、そして勉強すべき。
個人的にはセンスあふれるデザインというのは、見る人や使う人を思い遣ることに通じるものだと思っているので、センスについて知り勉強する人が増えることは、世の中に素敵な優しいものが増えていくことにつながると思っています。
かっこよくおしゃれでやさしい世界を目指して。
以上。
ということで、新しい気付きというよりはすでに実践している部分も多く、共感をしたり自信につながったりということの多い本でした。
デザインとかセンスというものにどのように向き合っているかで、読んだ感想は大きく変わりそうな本です。
本書に興味を持った方にオススメする本
最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。
アイデアのつくり方
発想法の本としては有名な本です。もう30年も前に書かれた本ですが、とても本質的なことが書かれおり、いまでも読み続けられている本です。内容も非常に端的にまとまっており、とても薄い本です。本質的だからこその短さ。デザイン分野に限らず、アイデアを考えるという機会を持つすべての人にとって一読の価値ある本です。
決断力
棋士の羽生善治さんの著書。 第二章「直感の7割は正しい」にて直感力とは「それまでに経験して培ってきたことが脳の無意識領域に貯まっており、そこから浮かび上がってくるものである」と定義しており、『センスは知識からはじまる』の水野さんの議論と共通した視点です。将棋という短期間の勝負の世界の中で連続的に決断を迫られるという状況に向かっていくにあたってもトレーニングの発想はデザインの領域とも似ているというのは面白いことですね。
エンジニアのための理論で分かるデザイン入門
デザインをロジカルに捉え説明するという点では『センスは知識からはじまる』と共通したテーマの本ですが、こちらはより実践的です。実際にWebサイト制作をすすめる際にどのようにデザインを落とし込んでいけば良いのかを具体的なステップで紹介します。
書評記事も書いておりますので良ければご覧ください。