本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

読書家の経営コンサルタントのdaisuketによるブログです。一冊ずつ丁寧に書評しながら合わせて読むと面白い本をご紹介します。

📖 200万冊以上が読み放題!Kindle unlimited 30日間無料体験 📖
当ブログはアフィリエイト広告を利用しています

書評『社会的処方(西智弘)』健康には、病気がないことだけではなく、社会的なつながりも不可欠である

スポンサーリンク

書評『社会的処方(西智弘)』健康には、病気がないことだけではなく、社会的なつながりも不可欠である

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は医師の西智弘さんが編著者を務めた『社会的処方: 孤立という病を地域のつながりで治す方法』の書評記事です。地域づくり、まちづくりなどの活動に関わる方や関心を持つ方にはぜひ知っていただきたい考え方であり、オススメの書籍です。

 

内容紹介

社会的処方とは、薬ではなく人とのつながりや関係性を「処方」することで人々の健康や幸福に寄与するという取組みのこと。日本でも孤立・孤独が社会課題として認識される場面が少しずつ増えていますが、本書が解説する社会的処方は大きな社会課題としてではなく街レベル人レベルでつながりの種をつくる取組みであり、その効果や事例を色々知り、考えることができて非常に面白い本でした。私もABD(アクティブブックダイアローグ)認定ファシリテーターとして仕事以外でも読書を使って色々模索していけたら面白そうだなと前向きなパワーが湧き上がってきました。

Amazonの内容紹介から引用します。

------------------------—

市民活動が誰かの薬になるらしい。
それなら100歳まで生きてみたい。
コミュニティデザイナー 山崎亮

------------------------—

山崎亮さん(studio-L、コミュニティデザイナー)推薦!

認知症・鬱病・運動不足による各種疾患・・・。
医療をめぐるさまざまな問題の最上流には近年深まる「社会的孤立」がある。
従来の医療の枠組みでは対処が難しい問題に対し、薬ではなく「地域での人のつながり」 を処方する「社会的処方」。
制度として導入したイギリスの事例と、日本各地で始まったしくみづくりの取り組みを紹介。

本書の構成

本書は以下のように構成されています。

はじめに はじまりは一人の婦人からだった

1章 目に見えない「孤立」という病
地域とのつながりが未来を照らす
つながりがないことは寿命を縮める
日本において本当に社会的孤立は存在するのか?

2章 社会的処方のカナメ リンクワーカー
「暮らしの保健室」ができるまで
暮らしの保健室は「対話を通じて自らを取り戻す場所」
リンクワーカーとはつながりを作る人

3章 社会的処方を市民の手で
市民による意思決定支援 Lay navigatorとCo-Minkan
公民館とCo-Minkan
社会的処方研究所

4章 まちに医療者が関わる 日本で広がる社会的処方(1)
医師が屋台をひいて、コーヒーを配る
医療で人は呼べないという原体験
「医療者である○○さん」から「モバイル屋台の○○さんは医療者だった」に

5章 暮らしを彩る年の差フレンズ 日本で広がる社会的処方(2)
高齢者と学生が一つ屋根の下で暮らす次世代下宿「京都ソリデール」
まちに帰属する「書生生活」
高齢者住宅のあらたな取り組み 「仕事付き高齢者住宅とは」

6章 リンクワーカーからみた社会的処方のタネ
「本」を媒介にして人がつながっていく こすぎナイトキャンパス
「かってにやると、おもしろくなる」 連鎖するまちの文化
身体を流れる音楽 福祉施設×劇場「アーティストとともに過ごす時間」

おわりに 「はじまりの婦人」にもう一度会えたら

本書をオススメする人

本書は以下のような方に特にオススメです。

  • まちづくり、地域づくり、コミュニティづくりに関わる方
  • 町会などの地縁組織に関わる方
  • 地域とのつながりを作っていきたい方
  • 孤独・孤立などの課題に関心のある方

『社会的処方』の表紙画像.JPG

孤独・孤立は社会課題なのか?

当ブログは書評ブログを名乗っており、書評記事や読書に関する記事を書いています。私は読書が好きですし、当ブログをお読みいただいている方にもそうだという方は多いかと思います。そして読書好き、読書家の方にとっては「孤独」というのはむしろ愛すべきものという考えを持つ方も少なくないでしょう。私自身、本を読む時間を始め一人で時間を過ごすことはまったく苦にならないですし、一人の時間がない方が苦しくなってしまいます。SNSやスマートフォンが爆発的に普及したことにより、常時つながっていることが当たり前というか”つながり過ぎている”時代の中ではあえて孤独な時間を確保しようという主張や提言もありますし、私もそれに反対するつもりは特にありません。

一方でニュース等を見ていると孤独や孤立が社会課題として扱われる文脈も見かけることが増えています。「孤独死」などはその代表的な例ですね。はたして孤独・孤立は問題なのでしょうか、そうではないのでしょうか。本書はこうした点にも非常にわかりやすく解説をしてくれています。

まず、「孤独」と「孤立」は日常的には特段の区別なく使われることが多いが、研究上では区別されていると言います。

イギリスの社会学者であるピーター・タウンゼントは、その著作の中で「社会的孤立(social isolation)」とは、「家族やコミュニティとほとんど接続がないということ」と定義している。それは客観的な状態を指すものとされ、一方で「孤独(loneliness)」は主観的状態を表す「仲間づきあいの欠如あるいは喪失による好ましからざる感じをもつこと」という異なる概念である。

孤独は主観的状態や感情であり、孤立は客観的状態である、と。つまり主観的状態としての孤独については個人によってあえてその状態を望んだり、意図的に選択しにいく(孤独を愛するという態度)があり得る訳であり、それを否定する必要はないということです。一方の孤立についてはその状態を放置するのは良くないよね、ということです。

著者の西さんは社会的処方のあり方について検討する第3章の中で次のように一言でまとめています。

「孤独をまもりつつ、孤立を解消する」という、ちょっとおせっかいなアプローチが必要なんだろうと思っている。

非常にわかりやすいですね。

イギリスの「孤独担当大臣」を参考に日本でも「孤独・孤立対策担当大臣」が置かれるようになり、政策としても孤独対策が行われるようになりましたが、こうした政策分野や関連する調査等でも孤独と孤立がごちゃまぜに使われていたり、「孤独死」という言葉の印象が強かったりということで中々その区別が難しく混乱することもあるかもしれませんが、「孤独をまもりつつ、孤立を解消する」という西さんの言葉はキャッチコピーとしてもわかりやすく、整理して理解しやすいのではないかと思います。

社会的処方とは何か?その社会的な効果

そんな社会的な孤立に対する新たな取り組みとして本書が紹介するのが社会的処方です。処方という言葉は一般的に処方箋など医師の診断によって薬が処方されるという医療的な文脈で使われる言葉ですが、社会的処方というのは従来の医療的な枠組みだけでは対処が難しい状態や問題に対して、薬ではなく「地域での人とのつながり」を処方するというものです。

地域的な活動やコミュニティづくりに関わっている方は全国各地に大勢いますし、そうした活動に少しでも関わったことのある方であれば、そうしたコミュニティや人とのつながりや居場所の前向きな効果を肌感覚として知っているかと思いますが、社会的処方は単にこうした地域的な活動を増やしたり、そうした活動へ参加することが大切ですよ!と謳うだけではありません。「処方」という言葉が含まれている通り、医療機関との連携の中で行われます。

イギリスでは実際にこの社会的処方が制度化されており、本書の中では以下のように紹介されています。

イギリスでは一九〇年代ごろから、各地域で社会的処方についての取り組みが始まったとされている。二〇〇〇年代に入り、保健省の白書内で社会的処方について言及され、NHS(National Health Service)のプライマリケア領域ビジョンを示すGeneral Practice Forward View(2016)の中で、家庭医の負担軽減を図るうえでインパクトが大きい一〇の取り組みの一つとして社会的処方が取り上げられた。そして二〇一六年には社会的処方に関する全国的なネットワークが構築され、イギリス全体で一〇〇以上の社会的処方の仕組みが稼働している。イギリスのある家庭医の話では、概ね週に一度くらいはこの社会的処方を提案するという。

これに続く記述では、実際に80代の認知症とうつ病を患い、認知症薬や抗うつ剤を処方されていた女性に対して、地元のsinging groupを紹介したところ、その環境が気に入って火曜続けるうちに抗うつ薬も必要なくなり、診療所への通院もやめることになったという事例が紹介されています。

患者が孤立から抜け出せるようになることで、不安や抑うつが改善し自己肯定感や自己効力感が増すという患者目線での良い効果があることに加え、こうした効果がイギリスでは救急外来患者の減少(14%)、患者の予期せぬ入院によるコストの減少(570万ポンド→450万ポンド)などの医療費の削減にもつながっているということで注目を集めています。医療費の増大は日本を含め多くの国で問題となっていますので今後ますます期待されていきそうですね。

社会的処方のポイントと鍵を握るリンクワーカー

社会的処方は薬に変わって人とのつながりを処方する取り組みということですが、何かしらのサークルやコミュニティに無理やりつなげれば良いという訳ではもちろんありません。もしそんな取り組みだとしたら外向性があまり強くない私などは拒否反応でむしろ心を閉ざして孤立に向かってしまいそうな気さえします。

先にご紹介したイギリスの80代の女性に担当医がsinging groupを紹介した例でいうと、医師からのヒアリングの中で(この事例では患者が認知症だったため娘へのヒアリング)「若いころは聖歌隊に所属していて、歌うことが好きでした」というエピソードを含めて患者の趣味や好みをしっかり把握した上でそのつながり先の提案を行っているというのがポイントです。

医者が健康とは何かということを単に身体的・精神的なことだけでなく広く捉えて患者へのヒアリングに望むことが非常に重要だと言えるでしょう。

本書の中ではWHOの健康の定義が紹介されています。

「肉体的、精神的、霊的及び社会的動的状態であり、単に疾病又は病弱の存在しないことではない」

また、人々が健康にすごすために社会的処方が人々を助ける5つの方法という視点も、医療者あるいは地域活動者として意識しておけるとより豊かな地域へとつながっていきそうです。

Give:人から施されるだけではなく、自らが支援する側にも立てる
Connect:ほかの人たちとつながることができる
Keep learning:学び続けるものを持っている
Be active:身体的・精神的に活動的である
Take notice:周囲で起きていることに注目している

社会的処方が効果的に機能するためには医療者がこうした社会的処方として重要な視点を持っているだけでは不十分で、それぞれの患者にとって適切な「処方先」の情報を持っていることが必要になりますが、日々忙しく仕事をし続ける医療者がそうした情報に詳しくなることは容易なことではありません。

そこで鍵を握るのがリンクワーカーと呼ばれる人たちです。

リンクワーカーとは、社会的処方をしたい医療者からの依頼を受けて、患者さんや家族に面会し、社会的処方を受ける地域活動とマッチングさせるのが仕事。イギリスでは主に非医療者が担っており、地域によって「コミュニティナビゲーター」「ケアナビゲーター」などと呼ばれることもある。

こうした存在がいることで初めて社会的処方は十分に機能してくるようです。本書の中ではイギリスでリンクワーカーとして活動している事例や、日本のリンクワーカー的な取り組みの事例もいくつか紹介されています。

日本ではどこから取り組んでいくべきか。3つの課題

本書を読むと、社会的処方という取り組みの有効性に対して前向きな感情が湧いてきまし、実際に自分でも何かのコミュニティに所属をしてみたり活動をしてみようかという気持ちも出てきます。ただ、一方で社会的処方が十分に機能し「孤立」という課題が社会的に解消されるのはそう簡単なことではないとも感じます。大きく3つの課題があるように感じます。

1. 医師を始めとする医療者が社会的処方に対しての理解を持つこと
2. 豊かな地域活動・コミュニティと仲介人材リンクワーカーが各地域で増えること
3. 医療機関への受診も含めてつながりや相談をする力や意欲が低い人への有効なアウトリーチ方法が確立されること

まず1つ目にして最大の課題だと感じるのは医師の中に社会的処方への理解が広がり、患者に対しての診察やヒアリングの目線や態度が変わることです。本書の執筆に関わったような地域活動への理解や実践を行っている医師というのは果たしてどれだけいるのでしょうか。テレビや書籍などではこのような志の高い医師の方をよく見かけますし、私は仕事柄各地の地域活動へ関わることも多いのでそのような場で実際に医師の方と出会ったこともあります。ただ、実際に自分が患者として出会ってきた医師の方々には残念ながら良い印象を持つことができる方はほとんどいません。患者の話をほとんど聞いてくれなかったり高圧的、機械的に淡々と患者を捌いていく医師の割合が非常に多いことは(私は個人的な経験からだいぶ偏見を持っているのだとは思いますが)、Googleマップ等で地域の医療機関の評判が基本的にかなり悪いことからも、多くの医師が社会的処方に前向きに取り組んでくれるような状況はほとんど想像することができません。

在宅医療や訪問看護など地域との関わりの中での医療の実践を行っているような方たちは違った視点や態度を持っているのでしょうか。この辺り私もまだ余り関わったことがないので、希望を感じられるような医療従事者の方たちと今後出会っていければ良いなと願っています。

2つ目は処方先としての地域活動・コミュニティ活動が各地域で豊かであることと、つなぎ役としてのリンクワーカーが増えるということです。受け皿やつなぎ役が増えないことにはどうしようもありません。地域活動の充実という点については私自身が各地域の活動の担い手育成に講師などの立場で関わることもありますので実践していきたいところですが、どちらかというとリンクワーカーの方が難しそうな気がしています。コーディネーターやナビゲーターなど呼び方は様々かと思いますが、なかなか日本ではこうしたつなぎ役・調整役の役割が「プロの仕事」として対価を得るというところまで行くのが難しいように思いますので職種化するというよりは、さまざまな地域活動に出入りしたり人同士をつなげるような動きを仕事というよりも特性として普段からやっているようなおせっかいな人というのがイメージとしては近いのだと思いますが、そういう人材ってどうしたら増えていくのでしょう。あるいはそういう人材が増える地域ってどうやって作ればよいのでしょう。ソーシャル・キャピタル的な文脈から考えたりすれば良いのでしょうか。

3つ目は、いわゆるアウトリーチの問題です。患者が社会的処方を受けるためには、医療機関あるいは行政を含む福祉機関等へ相談するなど患者側の能動的な行動が必要ですが、中にはそもそも相談することが苦手な方や意欲を持てない方もいます。私自身、医師への巨大な不信感をもっているまま年を取っていけば病院へも行かずに身体的にも社会的にも不健康で孤立したジジイになってしまうことが簡単に予想できます。本書の中で実際に紹介されている社会的処方的な取り組みの中には、相談・受診などの明確な目的で訪れる訳ではない居場所や集まりの中にたまたま医療者が居て、出会うというような流れもありましたが、1つ目と2つ目の課題がクリアされてそうした場が地域に複数存在していたとしても、それでもそうした場に出ていくことができない人に対してはどうすれば良いのでしょうか。子どもへのアウトリーチでネットやゲームを活用するような取り組みが出てきていますがそうした考え方も必要になるでしょうし、都市・地方それぞれでそれぞれの暮らしの文脈の中でどのように人との出会いやつながりをデザインしていくのかといった視点の豊かさが求められていくように思います。

基本的に良い取り組みだと感じるからこそ、こうした課題についても考えて、可能性を模索していきたいところです。

『社会的処方』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

『孤立不安社会』(石田光規)

まず最初にご紹介するのは社会学者の石田光規さんの著作で、「孤立」という社会課題をどのように捉えれば良いのか、さまざまな文脈から事例や調査の分析を通じて論じられています。『社会的処方』よりも学術書寄りですので、調査研究や関連する論文なども詳しく知ることができます。特に婚活・マッチングアプリ等の文脈から考える孤立という問題は、当事者感じる苦しさとそれらを源泉として営利サービスが成り立っていることのいびつさなど考えさせられます。

『集まる場所が必要だ』(エリック・クリネンバーグ (著)、藤原朝子 (翻訳))

タイトルの通り地域におけるコミュニティやつながりづくりの中でも物理的な場に注目している書籍です。1995年のシカゴ熱波を題材に、図書館や託児所、市民農園、公園などの社会的インフラの存在が災害時の生存率を左右したという視点で論じられています。地域コミュニティを特に物理的、対面的な場としての価値から捉えることに重点が置かれています。

『コミュニティマネジメントの教科書』(NPO法人CRファクトリー)

crfactory.com

社会的処方が十分に機能していくためには、各地域に豊かな地域コミュニティ活動が充実していることやそうした活動に前向きに参加しに行ける視点や能力を個々人が持てることが必要になります。本書は主にコミュニティ運営者向けに書かれていますが、地域活動やサークル活動に参加する側としてもこうした視点を持つ方が増えることは重要だと感じます。

書評も書いておりますので、良ければお読みください。

 

daisuket-book.hatenablog.com

 

『市民のネットワーキング』(加藤哲夫)

せんだい・みやぎNPOセンター創設者の加藤哲夫さんの著作です。市民活動やNPO活動の分野では有名な方ですが、特に重視してご本人もずっと実践され、提唱していたのがネットワーキングの重要性です。社会的処方でいうとリンクワーカー的な発想にもつながる視点かと思います。すでに絶版になっている本なのでなかなか入手するのが難しい本ですが、非常にオススメです。

『増補新版 いま、地方で生きるということ』(西村佳哲)

最後にご紹介するのは働き方研究家の西村佳哲さんの著作です。西村さんの一連の著作は様々な仕事の仕方をしている方を取材したり、働くことを考えたりということで社会的処方の実践にも通じる視点だと感じます。本書には地域の中でさまざまな営みをしている方たち11名との応答が収められています。

最後までお読みいただきありがとうございました。