淡青色のゴールド

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書評『梅咲きぬ』いちりき節全開の”人情子育てグルメ”小説

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書評『梅咲きぬ』いちりき節全開の”人情子育てグルメ”小説

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は山本一力さんの歴史小説『梅咲きぬ』の書評記事です。 

 

 

あらすじ

舞台は江戸中期の深川の料亭「江戸屋」。女将である三代目秀弥の一人娘の玉枝が物語の主人公です。物語は玉枝が6歳の夏から始まります。老舗の料亭の一人娘として、母親である三代目秀弥を継ぎ、四代目秀弥となることを子どもの頃から定められ、期待される中で成長していく玉枝と、彼女を温かく、時に厳しく見守る母親を始め周囲の人々との触れ合いを描いた作品。

主人公である玉枝の将来の姿である四代目秀弥は、山本作品にはたびたび登場する人物のようですね。私ががこれまで読んだ山本一力作品には登場していなかったので、単純に初対面の登場人物として読みましたが、先に四代目の姿を知っている人はまた違った楽しみがあるかもしれません。 

江戸人情小説

紹介したあらすじを読んだだけでも大方想像がつきそうなのですが、簡単に言ってしまえばこの作品は「人情小説」です。この作品に限らず、山本一力の小説は、人情小説という雰囲気のものが多い。義理、人情、見栄、気風、粋…といった江戸っ子の世界です。ただ、こう無闇に江戸っ子キーワードを並べると、江戸文化至上主義的な感じがしないでもないのですが、山本作品はキワモノ人情でなく、登場人物の一人ひとりにしっかりと心意気を感じる作品です。安心して読めます。

町人の暮らしから感じる江戸経済

人情の話を楽しみながらも面白かったのは町人の暮らしから感じ取れる江戸経済の話です。特に、幕府の経済政策によっていかに江戸の町人経済が大きく揺れ動くものであったのかということを強く感じました。

江戸経済の軸である米の豊作・不況によって経済が大きく影響をうけることや、江戸中期以降活性化する町人文化の一方で困窮化する武家社会にてこを入れるため度々発布された棄捐令によって江戸の好不況が変わるといったことは、高校の日本史レベルでも出てきます。とはいっても歴史の授業や教科書だけでは、なかなか町人の生活にまでは想像が及びません。

例えば、棄捐令とは旗本や御家人限定の借金帳消し命令のことであり、貸し元である札差からの借金を帳消しにするものです。いくら膨大に荒稼ぎをしていた札差とはいっても、棄捐令によって商売が傾いたり、破産をするような大きな影響があったことが描かれます。また、そうした札差たちは、町においては一番大げさにお金を遣い、町人経済を回していた役回りのものたちであり、彼らを得意先としていた料亭などの大店も連鎖してつぶれてしまう。幕府が米相場の操作や金貨の改鋳によって経済操作をすることによって、市中にはお金が回らなくなり、経済は一気に冷え込んでしまう。 などなど。

歴史の教科書で学んでいたような江戸時代の経済政策を江戸町人たちを主人公とした小説を通してリアルに感じ取ることができます。

祭りの持つ意味

もちろん本作の見所は幕府の経済政策に振り回される苦しい町人生活を描くこと、ではありません。本作品においては、そうした厳しい世情の中でもいかに皆が見栄をきって祭りを盛り上げることで苦境を乗り越えるか、といった形の江戸っ子魂が描かれるわけです。登場人物たちがみんながみんな義理人情にあついもので、いやーホントにそうだったんかいな、とツッコみたくなる気持ちもするのですが、いかに公儀(幕府)の仕打ちの酷さを感じてもそれをぶちまけるわけにもいかなかった状況においての、祭りというものの大事さというのは現代の私たちの想像できるところではないのだろうなと思います。

私の地元にはそれほど大きなお祭りもなかったし、商店街のような地元経済に密着した存在も身近には感じてはいなかったので、「町」という感覚が肌感覚でわからないのは残念なところです。ただ、地域経済というものは単純な経済活動の連鎖だけでなく、コミュニティ込みで成り立つものだと思いますので、地域活性化が大切なキーワードになっていくこれからの時代にはまた大事になっていく感覚なのだろうなとも思います。  

子育て小説

この小説は、江戸下町の町人たちの人情小説であると同時に、秀逸な子育て小説でもあります。母親や周囲の大人たちとの数々のエピソードが描かれるのですが、節の最後に「このことを、玉枝は九歳の秋にわきまえた」「玉枝はこの日まで思いもしなかったことを胸に刻みつけた」といった形で、玉枝がどのように感じ、成長していったのかが表されます。教えを一つずつ心に刻みながら成長していく玉枝の姿は、6歳の子どもの時代からとても力強く、むしろ賢しすぎるようにも感じますが、周囲の大人との触れ合いの一つ一つから感じたことを「胸に刻みつけ」てきたのは私たちも同じだったはずです。良い影響であれ、良くないものであれ、大人たちからの影響によって成長し、形作られるのが人間です。

 

 <母・三代目秀弥>

「身の丈に過ぎたぜいたくは、世間様の笑いものになるばかりではなく、江戸屋の暖簾にも障ります」

「質素と、みずぼらしいのとは別のことです。派手さのみを求めるのは無用ですが、江戸屋の女将としての体裁を忘れてはなりません」

 <踊りの師匠・山村春雅>

「楽なことを覚えたらあきまへん。あんたが七つでしっかり覚えられたら、あとは一生もんや。その歳で楽なほうに走ることを覚えたら、後になって苦労するのはあんたですえ」

「つらいときは、好きなだけ泣きなはれ。足るだけ泣いてもよろし。そやけど、自分が可哀相やいうて、あわれむことだけはあきまへんえ。それは毒や。つろうて泣くのと、あわれむのとは違いますよってな」 

 こうした居住まいを正したくなる教えの言葉の一つ一つに共感するかどうかは、人によりけり好みの問題で良いと思うのですが、そうした大人たちの言葉とふるまいとを子どもたちはものすごく見ているのだということは、子育てをする人もしない人も、社会の一員の大人として、考えてみて良いことかと思います。

江戸食文化小説

人情小説・子育て小説という側面の他に、もう一つこの小説が持っている顔、それは「食」です。舞台が江戸の料亭ですからね。料理の話がたくさん出てきます。これも山本作品の特徴の一つ。この人の作品にはおいしそうなお話が多いんです。以前読んだエッセイも食い物系のエッセイでした。いろんな料理が出てくるのですが、作り方の描写から、食材、見た目の描写までとても丁寧で、ものすごくおいしそう。残念なのは、三つ葉やら茗荷やら香草をパラパラと散らしてしまうのが多いことです。クセのある葉っぱが食えない人間が食べ物のお話を読むのはなかなか難しい。とはいえ例え苦手な食べ物であっても「美味しそう」と感じさせてしまうがさすがの筆の力です。

今回特に興味を惹かれたのは、うなぎの「見立て料理」であるうなぎ豆腐。豆腐や芋といった一般的な食材を用いて、うなぎなどの高級品に似せた仕上がりを拵える料理法である見立て料理。以前も別の小説で目にしたことはあったのですが、この小説で出てきたうなぎ豆腐がとても美味しそうでした。調べたところ、似た料理は精進料理の「うなぎもどき」として実際にあるらしいですね。そのうち機会があればぜひ食べてみたいです。 

まとめ

山本一力はかなり筆の早い方で、本屋にいくとものすごい数の本が置いてあります。初心者としてはどこから手にしてよいかなかなか迷うところだったのですが、結果としてこの作品は、「人情」「家族」「食」といったキーワードで紡がれる山本節前回のお話だったように感じます。せっかく四代目秀弥という魅力的な登場人物に出会えましたので、この人物が出てくる他の作品も読んでみたいと思います。 

『梅咲きぬ』を読んだ方にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

山本一力『味憶めぐり』

山本一力さんの小説には美味しそうな料理がたくさん登場しますが、その山本一力さんが著した食についてのエッセイ。タイトルの味憶とは「味の記憶」のこと。記憶に残る味というのは誰しもありますよね。この『味憶めぐり』では山本一力さんが、忘れられない味を食べたお店やその料理について紹介してくれるエッセイ集です。どのお店もとても美味しそうで、山本さん自身が食べることが本当に好きなのだということが伝わってきます。紹介される料理にはイラストもついているのですが、このイラストもまた良い味を出しています。 

山本一力『だいこん』

『梅咲きぬ』もたくさんの料理が登場する小説でしたが、料理が主役のお話ではありませんでした。一方でこの『だいこん』は料理にまつわるお話で当然料理に関する描写がたくさん登場します。この作品もオススメです。