本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『項羽と劉邦』中国の魅力を練りに練って項羽と劉邦に集約した傑作

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書評『項羽と劉邦』中国の魅力を練りに練って項羽と劉邦に集約した傑作

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は司馬遼太郎さんの『項羽と劉邦』の書評記事です。今更ながらですが、抜群に面白かったです。

 

内容紹介

本書は始皇帝の秦による中国統一が短命に終わり戦乱の世に戻ってしまった中で登場した項羽と劉邦という二人の英雄による戦い、いわゆる楚漢戦争を題材として劉邦が漢帝国を成立させるまでを描いた作品です。司馬遼太郎といえば『竜馬がゆく』や『坂の上の雲』など日本の歴史小説作品のイメージが強いと思いますが、中華の歴史を鮮やかに描いた本作も名作です。様々な対談やエッセイを見ても、中国や朝鮮、モンゴル、ロシアなど東アジア全体に対して非常に知見の深い方ですね。文庫で上・中・下の3巻構成とかなりの文量がありますが、勢いよく進んでいきますので一気に読みすすめることができます。

Amazonの商品紹介から引用します。

秦の始皇帝没後の動乱中国で覇を争う項羽と劉邦。
天下を制する“人望"とは何かを、史上最高の典型によってきわめつくした歴史大作。

紀元前3世紀末、秦の始皇帝は中国史上初の統一帝国を創出し戦国時代に終止符をうった。しかし彼の死後、秦の統制力は弱まり、陳勝・呉広の一揆がおこると、天下は再び大乱の時代に入る。
――これは、沛のごろつき上がりの劉邦が、楚の猛将・項羽と天下を争って、百敗しつつもついに楚を破り漢帝国を樹立するまでをとおし、天下を制する“人望"とは何かをきわめつくした物語である。

民族性の象徴としての偉人を描き出す司馬遼太郎の真骨頂

今さら言うことでもないですが、司馬遼太郎の小説作品には独特の魅力がたくさんあります。例えば有名なのはしばしば小説の筋から脱線しながら評論風、あるいは紀行文風に時代背景や取材時の状況などを伝える地の文などの文体はその最大の魅力の一つですね。私もそうですが、司馬遼太郎作品で歴史小説にハマったり、歴史そのものを好きになったという方はどれだけいるのかもわからないぐらいたくさんいるのではないかと思います。

本作でもその魅力は十二分に発揮されているのですが、私が本作品を読んでいて改めて感じた司馬遼太郎作品の魅力は作品の主人公や主要人物の魅力と地域性や民族性を合わせながら象徴的に描き出すところです。小説作品の主人公には魅力的な人物設定がなされますし、その人間性が周囲から際立っているからこそ主人公足りうる訳です。それは歴史小説であっても変わりありません。歴史的事実や各種資料等から読み取れることを踏まえた上で推測や考察を踏まえて小説の魅力的な登場人物に仕立て上げるわけですね。司馬遼太郎のその辺りの魅力の作り方は素晴らしくて、かえってその点が「事実と違うのでは」といった批判を受けることもある程ではありますが、だからこそ彼の作品のファンや彼の作品を通して描かれる歴史上の人物のファンになる方が多いのでしょう。(私にとっては『竜馬がゆく』の坂本龍馬がそうです)

ただ、司馬遼太郎が描く人物のすごいところはただただその人物を魅力的にするということだけではなく、時代背景を踏まえていたり、地域性や民族性の象徴としての描かれ方もしているという点です。周囲の人物から際立っているからこそ主人公であるにも関わらず、民族性の象徴ともなっているという一見矛盾するような、でも読んでいると非常に納得感がありつつ、やはり人物の魅力がすごくてどんどんと読み進めてしまう、そんなところに司馬遼太郎作品の魅力があると私は感じています。

例えば、『新史 太閤記』を始め数々の戦国時代小説で司馬作品の登場人物となっている豊臣秀吉の人間性について「日本人の傑作」というような表現をしており、その人たらし的な魅力を民族的な特徴の結晶したものとしても描き出すということをしていて、なるほどなぁと唸ったものでした。

本作品における項羽と劉邦に対してもそのような描き出し方をしています。家柄も良く武を始めあらゆることに優れており何でも一人でできてしまいそうな項羽と、ごろつき上がりで戦下手だが常に前線に出たり納得すれば部下の意見にも素直に従う愛嬌のある劉邦というまったく違った二人の主人公の中に、中国がそれまでの歴史の中で培ってきた様々な文脈や地域性、多様な民族性などの特徴を集約化して表しているような感じがあり、項羽と劉邦という人物を通して、中華そのものを描いているような作品と捉えることができるのではないかと思います。

自分が一番優秀な人物としてトップに君臨するリーダーと、部下の意見や能力を十二分に引き出しやすい雰囲気作りが上手いリーダーというのは現代の社会においても私たちがしばしば目にするものですので、本作品はリーダーシップなどビジネス的な教訓を導く作品としても読めると思いますが、個人的には中国の魅力を堪能する作品として味わうのが楽しいかなと思います。

流民と飢饉と”食わせるもの”としての英雄

項羽と劉邦による戦いである楚漢戦争は始皇帝の死後の戦乱を舞台としていますが、本作品はその戦乱であることの軸を単純な戦闘・戦争ではなく「流民と飢饉」に置いているところが素晴らしい考察だと感じました。秦の始皇帝による苛烈な締め上げにより農地から逃げ出す流民が各地に増加し、農地が放棄されることにより飢饉も発生することになります。そうした中で登場するのが流民たちに食料を分配し食わせるものとしての英雄です。中国史を眺めている中でずっと疑問というかよくわからないと感じていたのが戦乱の世の中で登場する豪族や軍閥の成り立ちだったのですが、本作品の中で司馬遼太郎はそうした地方勢力の成り立ちは中国の地域的論理として当たり前に行われるものだと指摘します。世が荒れ、食料不足の危機が感じられると、めぼしい人物に棟梁に立ってもらい、その人物の元に食料が集まり分配を任せる、と。そして、その食料分配が適切かどうかで上に立つ人物としての器量が評価されるというのが中国流の英雄の成り立ちである、ということを儒教的な論理や天命思想など日本の論理や文化とはどのような部分が異なるのかを丁寧に解説しており、非常に面白く分かりやすかったです。

時代背景に対する綿密な考察に裏打ちされた構成

本作品では項羽と劉邦という二人の傑出したリーダーの下にそれぞれどのような人物が集まって、どんな成果を出したのかが物語を進展させる様々な出来事やエピソードに結実していくのですが、各所で良い味を出しているのが諸子百家の士や客たちです。それぞれに戦乱の世を勝ち進んでいったり、人心を収めるための思想や術、その他武芸などの武器を持っている士や客というのも”食わせるもの”としての英雄がいるからこそ成り立つ概念ですが、そうした諸子百家たちが登場した背景として戦国期に食糧生産性がそれ以前に向上していたことや、それによって自作農が増加し、さらにそれが「個」の確立にまでつながっていたことからつながっているといった当時の時代背景や各種資料等への丁寧な考察を積み重ねて構成された物語となっています。その他にも、中国国内における米文化と麦文化、稲作文化と騎馬文化など地域や民族などに多様な層が折り重なっていつつも、今日うう基盤として連綿と続いてきた中国文化があったことなど、ストーリーとしての魅力はもちろんのこと中国史に対する理解も深まります。本作を読むと他の中国史の他の時代について学ぶときにも理解の参考になる作品なのではないかと思います。

『項羽と劉邦』を読んだ方にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

『新史 太閤記』(司馬遼太郎)

まずは書評中でも少し触れた『新史 太閤記』。『国盗り物語』『関ヶ原』と合わせて司馬遼太郎の戦国三部作と呼ばれることもあり、その中では時代的には真ん中にあたる作品なのですが、豊臣秀吉の生涯を描いた物語ですのでもちろん本作品だけを読んでも楽しむことができます。書評中でも触れた通り、豊臣秀吉という魅力的な人物の人間性を国民性や地域性に対する司馬遼太郎の考察で存分に味わうことができます。

『古代中国の24時間-秦漢時代の衣食住から性愛まで』(柿沼陽平)

『項羽と劉邦』で描かれる時代に生きていた人々がどのような生活を送っていたのかをとある一日を切り取って具体的に見てみよう、という作品。農民や官僚などごく普通の庶民がどんなところに住み、どんなものを着て、何を食べて、どんな生活を送っていたのかを各種文献資料や出土資料などを元に描き出しており、本書を読むことで『項羽と劉邦』や『キングダム』などの物語がより楽しくなります。

『漢帝国―400年の興亡』(渡邉義浩)

劉邦が打ち立て、その後400年続いた漢帝国は、「漢字」や「漢民族」などの言葉にも表れている通り、中国そのものを表すような中国の古典となりました。劉邦以降の漢帝国の歴史がどのように続いていったのか、その思想や仕組みなど漢帝国の400年を通史として学ぶことができます。特に漢は秦の法家思想に対して儒家思想を背景としています。劉邦自身の儒家との付き合い方は『項羽と劉邦』に詳しいですが、その後国家の要となった儒教がどのような役割を果たしていくのか、中国史にとってどのような意味あいがあるのか考えることができます。

最後までお読みいただきありがとうございました。