本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『こんな夜更けにバナナかよ』福祉・ボランティアルポの傑作

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書評『こんな夜更けにバナナかよ』福祉・ボランティアルポの傑作

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は渡辺一史さんの『こんな夜更けにバナナかよ』の書評記事です。大学時代から何度も何度も読んだ本。福祉やボランティアといった分野のルポルタージュとしては自分が知る中で最高の一冊です。

 

 

読んだきっかけ

私は大学時代にボランティア活動を始め、大学卒業後もいろいろなNPOでボランティアやプロボノ経験を重ねました。ボランティア・プロボノとしての活動歴は10年を超え、いまではNPO等の非営利組織へのコンサルティングを仕事とするまでになりました。今でこそ仕事で関わることもある福祉の世界ですが、学生時代は活動しながら悩むことも多くありました。むしろ悩んでばかりでした。活動現場で悩むことがあるたびに手にしていたのがこの本です。

初めて読んだのは大学一年の頃でした。当時参加していた児童養護施設での学習指導ボランティア活動がまったく上手くいかず、毎週の活動が辛くて辛くてしょうがなかったときにすがるような想いで手に取りました。自分が抱えていた苦しさや活動しながら感じていた難しさのいくつかが書かれていてハッとした覚えがあります。

2度目に読んだのはその一年か一年半後。児童養護施設でのボランティア活動もやっと楽しくなり気づけばボランティアサークルの代表という立場になっていました。自分が担当する子どもとの一対一の関係は良くなっていましたが、それだけでなく組織としてより成果を上げていくことを考えて、活動場所である施設と学生サークルである自分たちとの関係など別の視点で悩み始めた時期でした。当時、その児童養護施設には非常勤職員として宿直勤務にも入っており、宿直室で徹夜で読んだ記憶があります。(サボっていたわけではなく、待機時間中の過ごし方は自由でした)

その後も学生時代を通して、そして社会人になってからもボランティ活動を続けることになった私は、この本とも付き合い続けてきました。

 

どんな本?

前置きが長くなりました。本の内容に移りましょう。鹿野さんという筋ジストロフィー症の患者さんと彼を支援するボランティアたちによる「自立生活」を取材したルポです。

筋ジストロフィーというのは体中の筋肉が徐々に動かなくなっていく難病です。鹿野さんは呼吸系の筋肉までが弱り、人工呼吸器をつけるまでに病気が進行した状態で、大勢のボランティアを自力で集めての自立生活を行っています。

単なる障害者の感動話ではない

鹿野さんという障害者のお話なのですが、さて、「障害者のお話」というといったい何を思い浮かべるでしょうか。障害や福祉、医療といった側面、もしくはボランティアを始めとした支援についてでしょうか。もしくは、それらにまつわる「感動的な」お話を思い浮かべる方もいるでしょうか。 

人によってさまざまなものをイメージするでしょう。ただ、身の回りに障害者の知り合いがいない人にとってはそれは非常に漠然としたイメージでしかないのではないかと思います。この本がまずすごいところは、そういう普通の人がイメージしうる視点を盛り込めるだけ盛り込んでいるところです。

  • 筋ジスという難病の患者の生活という「医療」の視点
  • 筋ジスにより徐々に様々なことができなくなっていく、つまり障害の程度が少しずつ重くなっていくという難しい「障害」の視点
  • 難病・重度障害の人間が地域の中で自立生活を送るという「福祉」の視点
  • 障害者の生活を支援する「ボランティア」という立場のあり方
  • これらの問題を社会的にどう捉え扱うべきなのかという「行政」や「政治」も含めた問題 

単純に障害者にまつわる話といっても、そこにはいくつもの観点が存在します。この本では考えうる観点をできるだけ網羅し問題の全体像の把握を試みているように感じます。問題の全体像の把握、というのは語弊があるかもしれませんね。きれいに整理された情報とすることを目指しているわけではなく、絡まりあった視点の複雑性を描くことが渡辺さんの意図のように感じます。 

ボランティア初心者の新鮮な驚きと戸惑い

まずその観点の広さがすごいのですが、その視点の広さは著者である渡辺さんが視点を広く、深く持っている専門家だからではありません。著者は福祉の門外漢として、障害者もボランティアも何にも知らない状態でこの世界に飛び込んできます

そしてそこで活動しながら気づいたことを新鮮な驚きを隠さずに、考え、調べ、書いているのです。つまり初めて福祉の世界に飛び込んだ人が、どういう視点を持ちうるのかが表されている、といえます。

ボランティアに初めて参加してここまで幅広く考えることのできる人というのもなかなか少ないと思いますので、活動しながら何かしら考えたことがあった人にとっては自分が考えた視点と似た観点もきっと書かれていることと思います。そして、自分がまだ気づいていなかった観点を知ることもできるでしょう。

 戸惑いや悩みの丁寧な深堀り

また、視点の幅広さだけではなく障害者に出会うことやボランティアをする中での戸惑いや悩みを丁寧に深堀りをしているという点が本書を福祉ルポの傑作に高めています

 

なぜ本書の深堀りの視点が魅力的なのか?

 

それは著者の取材が表面的なものではなく、著者自身がボランティア活動や鹿野さんとの個人的な関係の中に深く潜り込んでいるからです。福祉も障害もボランティアもなんとなくのイメージでしか知らなかった著者が、実際に"鹿野ボラ”のローテーションに入り込み、鹿野さんの人となりや彼を取り巻くボランティアたち、彼らが作り上げる自立生活を目の当たりにし、驚き、考え、悩み、という過程がもらさず書いてあります。第三者としての俯瞰した視点なのではなく、どっぷりと自分自身が当事者として浸かっているからこそその記述には迫力があります。少し引用しましょう。

何を悩んでいるのか。私は何を悩んでいるのか。
それをこれから順を追って話していかなければならない。
それにしても、健常者(つまり私)が、障害者について語るというのは、なかなかに難しい問題をいくつか含んでいるものだと思う。どこまで障害者の「立場」に立ってものが言えるのかという問題がまずある。また、彼らの生に厳しさをもたらしてきたのは、いつも健常者中心で物事を選ぼうとする社会なのだろうという負い目もある。そもそも障害者に対する「やさしさ」や「思いやり」とはいったい何だろう、などと考え始めると、それこそ際限がない。
誰しもやさしい自分を演じたいものだし、ただでさえ厳しい生の条件を背負って生きている人を、批判したり皮肉ったり、よもや谷底へ突き落とすようなことは言うべきでないと身構える

こうした、悩みの過程がそのまま表現されています。冒頭では障害の問題など何も知らない自分が感じていた先入観についても触れており、そこからこうした深い内省に移っていく過程に惹き込まれます

福祉や教育、あるいは医療など人と深く関わる分野(いわゆる対人支援)に携わったことのある人なら想像がつくかと思いますが、福祉や教育の現場で直面する問題はほとんど答えの出ない問題ばかりです。なんとなくの美談やべき論に丸め込んでしまうのではなく、答えの出ない問題に悩みぬいて答えが出ないと苦しげに吐露する言葉は、この世界で悩んだことのある人間ならだれでも共感するでしょう。

 

ボランティアの難しさ①―人間同士の一対一の関係

さて、ではそうした福祉の現場で出会う答えの出ない問題とはいったいどういうものでしょうか。
私はこれまで様々なボランティアに関わってきました。自分自身でも多くのボランティアに参加してきましたし、ボランティアコーディネーターとしても多くのボランティアさんに関わってきましたので、この本もボランティア参加者の視点から読んでいましたので、ここからはボランティアに関わる視点から本書を読んで考えたことをお伝えしていきます。

私が考えるボランティアとして一番難しくてやりがいのあるボランティアは福祉や教育など対人支援分野の長期ボランティアです。対人支援というのは当然のことながら本来は国家資格を含めた専門職が活躍する分野なのですが、人手の足りなさや問題の切迫具合などからボランティア参加者もかなりの"重い”対応を求められることがあります。本書で言えば例えば鹿野さんのたん吸引などをボランティアメンバーが行っていることなどですね。

また、期間の長短でいえばまちがいなく、同じ活動にある程度の期間携わるもの(活動の頻度にもよるけど最低半年以上)の方が難しさも、楽しさもボランティアの魅力を感じることができます。

こうした福祉的現場を理解することの難しさが表面的な取材だけでは見えにくく、そうした取材の成果物の視聴者と実際に現場にいる人との温度感のギャップになってしまいがちです。(そしてそのギャップをひとっ飛びに超えてなんとなく伝わることだけを目指すことこそ、福祉やボランティアを語るときに「分かりやすい感動物語」にしてしまいたくなる原因の一つではないかと思います)

本書においては著者自身がこうした問題に真正面から向き合っています。

例えば支援対象者との一対一の関係のあるべき姿とはどういうものなのか、という問題。個人的な人間関係と、助ける⇄助けられるという関係のバランスはなかなか難しい問題ですが、著者はここにはボランティアならではの難しさがあると指摘します。

それは「職業、仕事として割り切ることができない」ということです。

障害者は基本的に、そして根本的に「ただの人」です。気に入らないことがあれば腹も立てるし、機嫌が良い時もあれば悪いこともある。そして、単純に気の合う合わないも、もちろんあります。「助けてあげる」という視点で支援に入った場合、障害者側の「思いもよらない」反発に戸惑ってしまうことはあります。それに対して支援者側がさらに腹を立てることもありえます。なんで助けてあげたいのにそんな態度なの?とか、そんなことまで手伝ってあげるべきなの?とか。
福祉や医療の専門職として関わっている場合、思い通りにいかないことがあっても「これは仕事だ」と割り切ることができます。一方でボランティアとして入っている場合、「ここまでやればいい」という範囲が明確でない場合が多いことや、そもそもが自主性に依拠しているため業務範囲があらかじて定められている場合であってもそれを超えてしまう場合は多くあります(ボランティアグループ、組織の管理側としてはボランティア運用上のルールをきっちりしておくことはもちろん大切ですが、そのルールに当てはまらない場面もどうやっても出てきます)。仕事として割り切ることができず自分でかかえてしまう。これが苦しさにつながるということです。 

人間同士の一対一の関係について嫌でも突き詰めて考えなければいけない場面に直面するということ。

いや、それって普通の関係と同じじゃないの?と思われる方もいるかもしれません。それは、もちろんそうなのです。が、当たり前の人間同士としての関係として捉えることを求められるようでいて、人によってはその「普通の関係」の中で人との関係性を突き詰めて考えなければならない場面に実は出会ったことがないという方も決して少なく無いのではないかと思います。ここに福祉関係、教育関係など人と深く関わるボランティアの難しさが現れます。

そして、なんとも印象的な本書のタイトルはこの難しさを端的に表している作中のとある人物の言葉から取られています。秀逸です。

 

ボランティアの難しさ②―複数の関係者がいること。

ここまで「一対一の関係」の難しさについて書きましたが、一方でボランティアに関わる上での人間関係の難しさには「複数の人が関わる」という点もあります。

鹿野さんの周りにもたくさんの人たちがいます。

  • 鹿野ボラのチームメンバー:初心者もベテランもいれば、気の合う人も合わない人もいます
  • 福祉関係者:鹿野さんの支援にボランティアではなく、福祉職の立場から関わる人もいます
  • 医療関係者:難病と戦っている鹿野さんには医療関係の専門家も関わっています。
  • 家族:鹿野さんのお母様が登場します
  • 交友関係:友達や恋人など

一人の人間の周りにはたくさんの人がいる。これも当たり前の話ではあるのですが、一人の人間の「支援」を考えた時に、それぞれの立場によって言動は変わってきますし、ときにはすれ違いも起こりします。個人的なすれ違いではなく、制度上とか立場上とか、別の部分ですれ違いが発生するとけっこうややこしいことになります。 

本書においては鹿野ボラチームの中の崩壊の危機や内部の人間関係のゴタゴタなんかも描かれていましたが、これはどこのボランティアチームでも大なり小なり起こることです。一対一の関係を突き詰めることも難しい中で、支援に関わる人は多く存在しそこも同時に考えていかざるを得ないという点にもボランティアを続けていくことの難しさがあります。

 

ボランティアの難しさはまだまだあるけど。そして難しさがあるからこその楽しさ。

ボランティアの難しさ。というかボランティアにまつわるテーマであればいくらでも語ることができてしまいます。
ただ、このまま思いつくまま書いていくと際限なく長くなってしまうのでやめておきます。
テーマだけ挙げておいて、後で余裕があれば別に書きましょう。

  • 自発性と責任の問題
  • 長期ボラと短期ボラ
  • 組織としての継続性

 などなどは、この本の中でも語られていて考えがいのあるテーマです。

こうして書いてくるとなんだ難しいことばっかりだなという感じですが、こうした普段の生活ではなかなか考えないような難しい視点で考えることを求められるところに楽しさや充実感があるのがボランティアの魅力だと個人的には感じています。だからこそ、せっかく関わるなら長期のボランティアがおすすめなのです。

 

「人の役に立つ」とはなんだろうか

人の役に立つこと 

ボランティアとは何か?と尋ねられて、多くの人がイメージする答えではないでしょうか。ボランティアとは人の役に立つものである、と。

実際その通りです。それがなかったら成り立たないですし、そこに喜びを感じるからこそ続けている人間が多いのです。 

ただ、人の役に立つって、よくよく考えると難しいものです。

助ける、助けられるという関係性。
相手と自分との一対一の関係がどうあるべきか。
相手のできないことをしてあげるという関係でいながら、対等な関係を結ぶということはどういうことか。
そもそも対等な関係とは何か?人との関係は対等であるべきなのか?
どういう場合に対等であるべきなのか?

こうした人と人との関係における問題を究極的な形で問われる場面が福祉の分野では多く現れます。 もちろんこうした問題は福祉という世界だけに存在するわけではありません。日常生活、私達の身の回りの人とのごくありふれた関係の中にも突き詰めれればこうしたん問題は出てきます。でもここまで究極的な問題に出会うことはまれです。

究極的だけど本質的な問題に出会える

それが、ボランティアの世界で感じることができる大きな魅力の一つだと思います。

ボランティア活動とは”極端な事例”に出会える場

 「ある分野について知りたければ、その分野の極端な事例について知り考えることが重要である。そうすることによってその分野についての洞察を深め理解を早めることができる」と世界的なデザインファームのIDEOのティム・ブラウンは著書の中で言っていました。

私はこの言葉が非常に好きなのですが、『こんな夜更けにバナナかよ』で描かれる、そしてこの記事で語ってきた「極端な問題」に出会うことのできるボランティアは、社会や人を知る上で非常に貴重な視点を提供してくるものだと考えています。

私は現在ではコンサルタントという立場で組織を支援することが多く、立場としては中間支援になっていますが、やはり「現場」のアツさや難しさを知ることの大切さは忘れずにいたいです。
ということで、長々と書いてしまいましたが、とにかくこの本非常におすすめです。
ボランティアしたことある人にも、これからしてみようかなと考えている人も、ぜひどうぞ。

『こんな夜更けにバナナかよ』を読んだ方へのオススメ

最後に本書を読んだ方や興味を持った方へのオススメをご紹介します。

(原作)渡辺一史 、(脚本)橋本裕志『こんな夜更けにバナナかよ 愛しき実話』

『こんな夜更けにバナナかよ』を元にした映画が2019年に放映されています。強烈なキャラクターである鹿野さんを演じたのは大泉洋さんです。まずはお話として楽しめる方が良いという方は映画版から入ってみることもオススメです。本書は2019年に放映された映画のノベライズ版です。映画そのものから入っても良いですが、読書でという方はこちらを手にしてみてください。

慎泰俊『ルポ 児童相談所: 一時保護所から考える子ども支援』

『こんな夜更けにバナナかよ』と同じく福祉分野に関わるルポルタージュで、丁寧な取材を元に作られている点も共通しているのですが、著者自身の悩みや葛藤の吐露のようなものはなく、全く異なる雰囲気のルポルタージュです。雰囲気の違いも楽しめますし、内容としても非常に充実した力作です。

エドガー・H・シャイン『人を助けるとはどういうことか ― 本当の「協力関係」をつくる7つの原則』

『こんな夜更けにバナナかよ』の中でも繰り返し問われる「助ける・助けられる関係」について深く考察した本です。対人支援職からコンサルタント等の職業、そして日常における人間関係に至るまで様々な視点の中で考えることができ、本書を読むことで対人関係の捉え方の視座が上がります。