本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』VUCA時代の戦略発想起点としての”共感”

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書評『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』VUCA時代の戦略発想起点としての”共感”

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』の書評記事です。イノベーションに成功している企業の取り組みや経営のあり方を「共感」「物語り」というキーワードから読み解こうとする本です。実現すべき「ビジョン」の提示やビジョンへの共感を軸に経営をすることのヒントを得るために営利、非営利を問わず経営に関わる方にはぜひ一度読んでいただきたいです。

 

 

内容紹介

本書はリクルートワークス研究所の機関誌『Works』の連載「成功の本質」の中から本書のタイトルにもなっている「共感経営」を実践し「物語り戦略」により成果を上げた事例を取り上げ、そのエッセンスを抽出するものです。各業界、各企業で模索されるイノベーションの源泉を「共感」というキーワードや、「ストーリー(本書では「物語り」)」に求める視点からまとめられたものです。経営戦略がテーマのビジネス書ではありますが、NPO等の非営利セクターの組織経営に携わる方にも参考になる視点が多く含まれます。一番最初に紹介、解説されている事例が株式会社ではなく社会福祉法人の事例であることも象徴的ですが、そもそもこれからの時代に適合しようとする経営戦略には営利、非営利を超越して共通する要素が強く求められるようになってきていることが読み取れます。経営戦略の解説としては野中郁次郎さんが提唱するSECIモデルによる解説が主体となっているので、SECIモデルに関心がある方にもオススメです。

Amazonの内容紹介から引用します。

企業経営や事業の遂行において、共感を起点とし、ものごとの本質を直観するなかで、「跳ぶ仮説」を導き出し、イノベーションを起こす、もしくは、大きな成功に至る。そのプロセスにおいても、さまざまな局面で共感が介在し、共感の力がドライブや推進力となって、論理だけでは動かせないものを動かし、分析だけでは描くことのできないゴールに到達する。それが共感経営です。本書は、企業経営や事業におけるイノベーションや大きな成功は、論理や分析ではなく、「共感→本質直観→跳ぶ仮説」というプロセスにより実現されることを、九つのケース、および三つの参考事例で示します。

本書の構成

本書は以下のように構成されています。

序章:共感と物語が紡ぐ経営
第1章:価値を生む経営は「出会い」と「共感」から生まれる
ケース1:佛子園 Share(シェア)金沢 障害者も高齢者も「ごちゃまぜ」で共生する福祉がまちづくりの核になる
ケース2:HILLTOP(ヒルトップ)遊ぶ鉄工所 経営の原点は「愛」効率と非効率の両立が競争力を生む
第2章:イノベーションは「共感・本質直感・跳ぶ仮説」から生まれる
ケース3:日産 ノートe-POWER 三〇年ぶりに新車販売首位へ モーター駆動の走り味が買い替えサイクルを加速
ケース4:よみうりランド グッジョバ!! 遊園地でモノづくりを学ぶ 異色の新施設になぜ、長蛇の列ができるのか
ケース5:マツダ スカイアクティブ・エンジン 「世界最小」の開発部隊で「世界一」の性能を実現する
第3章:「知的機動戦」を勝ち抜く共感経営
ケース6:NTTドコモ アグリガール たった二人から始まった非公式な組織が国も巻き込むプロジェクトへ
ケース7:日本環境設計 服から服をつくる 消費者参加で「ゴミ」を地上資源に 石油=地下資源を使わない社会を目指す
第4章:不確実性の時代を「物語り戦略」で勝ち抜く
ケース8:花王 バイオIOS 不可能とされてきた界面活性剤を開発 近未来に洗濯ができなくなる事態を避ける
ケース9:ポーラ リンクルショットメディカルセラム 「シワを改善できる」と明言できるまで一五年 世界で初めてシワのメカニズムを解明
第5章:共感型リーダーに求められる「未来構想力」
あとがき

中心となっているのは第1章から第4章までで紹介、解説される各企業の「ケース」です。各ケース紹介では、前半に経済・経営分野のジャーナリストの勝見明氏によるケースエピソードの紹介が行なわれ、その後に野中郁次郎氏による解説が入るという流れで進みます。

オススメ度

★★★★☆(4/5)

本書をオススメする人

本書は以下のような方に特にオススメです。

  • 「共感」「ストーリー」などのキーワードを組織経営・運営に活用したい方
  • VUCA時代に向けて経営戦略の見直しを図りたい方

『共感経営』の表紙画像

本書は電子書籍で読みました



VUCAな時代に取り残される日本企業の三大疾病と「共感」という鍵

著者の野中郁次郎さんは日本企業は分析過剰、計画過剰、法令遵守過剰の三大疾病にかかっていると指摘し、これからの時代には過去に成功してきた分析的思考だけでは生き残れないといいます。これからの時代の特徴を表す言葉としてはVUCAというキーワードが紹介されます。

VUCAとは

V:Volatility(変動性)
U:Uncertainty(不確実性)
C:Complexity(複雑性)
A:Ambiguity(曖昧性)

の頭文字を取ったもので、予測しにくく変化の激しい社会状況の特徴を表した言葉です。

そして、この時代に生き残るためには共感を軸にした物語り戦略をとっていくべきである、というのが野中さんの主張です。

共感を軸にした物語り戦略がどのようなものであるかということが本書の主要なテーマであり、複数の事例を読み解きながら重要なエッセンスを抽出していますので、詳細についてはぜひ本書を手にしていただければと思いますが、ここではその概要だけを簡単にお伝えします。

「共感を軸にした物語り戦略」とは

本書における野中さんの解説を要約します。

経営戦略においては何を目指すのか、つまりゴールである「あるべき姿」を描くことが重要であることはいうまでもありませんが、これを従来のように各種のフレームワーク等を活用して分析的思考によって描き出すのではなく、顧客への共感、あるいは社員への共感を元に「あるべき姿」を描くことが重要です。共感を元に描く「あるべき姿」は突拍子がなく感じられる場合もあるが、それは問題ではなく、むしろそのような跳ぶ仮説をまず描くことが必要で、その上でたどり着きたい場所からの逆算思考で発想すべきであるといいます。

この逆算思考の発想は論理的三段論法に対して、「目的(何を目指すのか)→手段(どのような手段が必要なのか)→実践(その手段を用いて行動に移す)」とつなげる実践的三段論法と呼ぶことができます。

実践的三段論法のスタートには目的(何を目指すのか)、つまり”What”が置かれていますが、分析的思考との対比でいうのであれば、”What”を明確にする前提として”Why”が発想の起点にあるという点がより重要なのではないかと感じます。顧客や社員への共感による、なぜやるのか・なぜ必要なのかというWhyが最初にあるからこそ一見論理から外れるような跳ぶ仮説であってもそここそが目指すべき視点であると定められるということです。

私は普段主にNPO等の非営利組織を対象にコンサルティングを行っていますが、NPO等の非営利・公益組織の経営に携わっている方にとってはここまでの話はむしろ当たり前のように感じるかもしれません。社会課題の解決がその社会的な役割とも言われるNPOにおいては何らかの社会課題に直面している受益者の方を支えるために事業・活動が始まるというのが活動の実態として非常に多くあります。

VUCA時代においては社会や市場の変化が予測できないため、目の前の共感する存在を起点に発想していくことが、営利・非営利を問わず重要になるというのは示唆に富むものだと感じます。

「物語り戦略」はビジョン・ミッション・バリューの共感を軸にした新解釈

「物語り戦略」とは何か。ここでもまずは野中さんの解説を要約してみます。

  • 物語り戦略の構成要素としてはプロット(筋書き)とスクリプト(行動規範)がある
  • スクリプトは訳せば脚本、台本であり、演劇の主人公が場面場面において脚本にしたがって演技するように、蓄積した経験やパターン認識にもとづいて、無意識のうちに心と身体に刷り込まれている思考や行動にまつわるルールのようなもの。つまり、ある特定の文脈や状況において、「こういう場合はこうする」と暗黙知になった行動規範。
  • 物語(ストーリー)は複数の出来事(WHAT)を並べて記述したものであり、物語り(ナラティブ)は複数の出来事の間の相関関係(WHY)に即して語るもの
  • WHYにこそ当事者の主観や直観が表れ、WHYこそが人々の共感の源泉となり、物語りのプロットの軸となり、人々の行動のスクリプトにも結びつく

先んじて顧客や社員への共感であるWhyこそが発想の起点であると指摘しましたが、野中さん自身の言葉でもWhyの重要性が語られています。

物語り戦略におけるプロットとスクリプトというキーワードによって説明されているのは、従来の経営戦略のフレームに当てはめるのであればビジョン・ミッションとバリューを定義し直したようなものであるといえます。元々ビジョン・ミッション・バリュー自体が定義が統一されていない曖昧なものなので、ストーリーという観点から捉え直すのはわかりやすい解説だと感じます。

例えばバリューやクレドなどを社員のあるべき振る舞い、姿勢を規定するものとして「行動規範」と訳すことも少なくありませんが、堅苦しく日常ではあまり出会わない言葉ですので、野中さんが提示するように「演劇における脚本のようなもの」と説明する方が分かりやすい場面は多いかもしれません。

「アートとサイエンスの綜合」「パーパスドリブン」との関係

本書では大きな文脈として、従来の分析的思考から脱却し共感や直感を元に進む方向を描くことが重要だと主張するものですが、この主張全体を表す一つのキーワードとして「アートとサイエンスの綜合」にも触れられています。従来の分析的思考が「サイエンス」であり、共感を軸にした発想が「アート」にあたるものです。このキーワード自体は本書だけで主張されている訳ではなく、最近色々なところで重要性が指摘されているものです。本書全体の主張の文脈とは重なるものですので、特に違和感はないのですが、長く日本企業の経営を研究されてきて日本企業の現状を分析過剰、計画過剰、法令遵守過剰の三大疾病と診断している野中さんですので、できればもう少し踏み込んで、この時代における「過剰ではないサイエンスの活用のあり方とはどのようなものか」を解説してもらえると嬉しいところでした。

この辺りについてはあまり踏み込んだ解説はないのですが、本書でいえば実践的三段論法はこのアートとサイエンスの綜合にあたるもので、目的(何を目指すのか)を描くのが共感起点のアート的領域で、その後の手段(どのような手段が必要なのか)を考える部分は論理的分析的なサイエンスの領域が必要になるところということなのだろうと読み取っています。

また、顧客への共感というWhyを起点にして目的(何を目指すのか)を描くという発想は、最近では「パーパス・ドリブン」という考え方でも近しいことが言われていますし、その文脈では企業による社会課題解決やSDGsなども関連領域として登場します。本書で分析対象となっているケースには障害者福祉・高齢者福祉といった社会課題、地域課題の文脈で扱われるテーマも入っていましたので、その辺り関連領域・キーワードとの関連性も触れられているとより学びが深まったと思いますが、筆の早い野中さんですので、今後の著作の中で触れられていくのではないかと期待しています。

第5章の超有名事例への適用による普遍化はやや蛇足か

最後は、やや不満だった点にも触れます。

最後のまとめとなる第5章では、ユニクロやセブンイレブンが事例として持ち出されて物語り戦略がこれらの企業にも適用されるものであることが解説されるのですが、これらの事例は持ち出すべきではなかったと感じます。第4章まででケーススタディの対象となっている企業もそれなりに有名な企業が多いとはいえ、取り上げているのはそれらの企業内の特定の状況における特定のプロジェクトだったからこそ「共感や物語りこそが重要だった」という点に説得力があったと感じているのですが、これまで散々さまざまな戦略論で分析され尽くしたユニクロやセブンイレブン、富士フイルムの全社戦略を最後に出してしまうことで、結局従来の戦略論から見せ方を変えただけなのではという印象も受けてしまいます。超有名企業にも適用されるものであるからこそ説得力を感じる方もいるのかもしれませんが、個人的にはやや蛇足と感じてしまう章でした。

ということで、最後の5章のみやや不満を感じたものの全体的には事例も面白く、考える視点を多く得られた本でした。


『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

楠木建『ストーリーとしての競争戦略』

『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』では共感を軸にした「跳ぶ仮説」にたどり着くことの重要性が主張されていましたが、『ストーリーとしての競争戦略』でも類似する視点として「一見して非合理と思える要素で構成するストーリーにより競争優位が生まれる」という主張がなされます。経営戦略を考える際にストーリーや共感というキーワードから考えたいという方はぜひ本書も手にすることをおすすめします。

金井壽宏、池田守男『サーヴァント・リーダーシップ入門』

社員への共感という側面を考える際に関連するテーマとしておすすめしたいのが「サーバント・リーダーシップ」の考え方です。まず相手に奉仕し、その後に導くというサーバントリーダーの考え方は共感を軸に社員や顧客との関係を考え直すという『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』の考え方とも通じるものです。サーバントリーダーシップ自体はリーダーシップに関する哲学でありその考え方を真に理解することは用意ではないものですが、本書は入門書ということで、事例と合わせて分かりやすくその考え方に触れることができおすすめです。

山口周『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?~経営における「アート」と「サイエンス」~』

最後は『共感経営「物語り戦略」で輝く現場』でも触れられていたキーワードである「アートとサイエンス」について、このキーワードを有名にした本とも言える山口周さんの著作です。2018年のビジネス書大賞準大賞、日本の人事部「HRアワード2018」最優秀賞などを受賞し、非常に話題になった本です。未読の方はぜひ一度手にとってみてください。

最後までお読みいただきありがとうございました。