淡青色のゴールド

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書評『私とは何か――「個人」から「分人」へ』”本当の私”という”呪い”からの解放

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書評『私とは何か――「個人」から「分人」へ』”本当の私”という”呪い”からの解放

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は小説家平野啓一郎氏の『私とは何か――「個人」から「分人」へ』の書評記事です。”本当の私”という幻想から私たちを自由にし、アイデンティティや人間関係の新たな捉え方を考えさせてくれる本です。

 

 

内容紹介

書名としては「私とは何か」という哲学的な問いかけが冠されていますが、哲学の本ではなく、むしろ日常の人間関係の捉え方を変えてくれるようなかなり実際的な視点の本です。

重要なキーワードは副題になっている「分人」です。”自分探し”や”自己実現”などさまざまな”自己(私)”に関係するキーワードには「本当の自分」というものがどこかに存在するはずであるという共通する背景があります。「分人」という考え方は、そのような「本当の自分幻想」に対してNoを突きつけ、「本当の自分」なんていうものがある訳ではなく、1人の人間は周囲の人間関係の中で複数の「分人」を持っており、そのどれもが自分であり、その集合が自分であるという考え方を提唱します。単なる「キャラの使い分け」という話ではなく、社会的な動物としての人間のあり方を実際的な問題、状況から捉え直した分かりやすい考え方です。アイデンティティや人間関係に悩みや関心のある方はもちろんのこと、コミュニティの運営や対人支援に関わる人など「人」に関わるすべての人に一度は読んで考えていただきたい内容です。

元々は平野さんの小説作品の中でテーマとして扱われていた考え方であり、実際に小説の中では小説の登場人物が「分人主義」について解説しているシーンもありましたが、小説作品としてはそれぞれの主題となるテーマがありますので、シンプルに「分人」という考え方についてのみ取り急ぎ知りたいという方向けに著者がその考えを整理して発表したのがこの本です。

本文中には分人の考え方が登場する平野作品についての言及などもあります。ネタバレという程の開示がある訳ではありませんが、先入観なく小説を読みたいという方は先に分人主義を扱っている『空白を満たしなさい』『ドーン』などの作品を読んでから本書を手にすることをオススメします。逆に、本書を先に読むことで平野さんの小説作品自体への興味が増すということもあると思います。本書では、分人主義自体が中心テーマとなっている『空白を満たしなさい』『ドーン』だけでなく、それ以前の平野さんの複数の小説のテーマの変遷や、その中で分人の考え方がいかに発展してきたのかなどの記述もあり、私は個人的には未読だった他の作品を読んでみたくなりました。

Amazonの内容紹介から引用します。

小説と格闘する中で生まれたまったく新しい人間観!嫌いな自分を肯定するには?自分らしさはどう生まれるのか?他者と自分の距離の取り方―。恋愛・職場・家族…人間関係に悩むすべての人へ。

本書の構成

本書は以下のように構成されています。

まえがき
第1章 「本当の自分」はどこにあるか
第2章 分人とは何か
第3章 自分と他者を見つめ直す
第4章 愛すること・死ぬこと
第5章 分断を超えて
あとがき
補記 「個人」の歴史

本書をオススメする人

本書は以下のような方に特にオススメです。

  • 「自分は何者か」などアイデンティティに関する悩みを持つ人
  • 家族や友人、職場など周囲の人間関係に悩みを持つ人
  • 対人支援など「個人」を相手に仕事をする人
  • コミュニティや組織の運営に関わる人

分けられない「個人」ではなく「分人」 「キャラ」との違い

「分人」という言葉は平野さんが「個人」と対比する概念として提示した造語です。

個人という単語は元々はindividualを訳したもので、このindividualは「これ以上分けられない」という意味を持つ単語でしたが、平野さんはこの点に違和感を覚えて分人という考え方を提示します。身体的にはともかくとして内面としてはむしろ複数の分人dividualsからなっているのが我々人間ではないか、ということです。

付き合う人や場面によって「キャラ」を使い分ける、という考え方もありますが、分人は単なるキャラの話とはまったく異なるものだといいます。「キャラ」や「仮面」という考えの裏側にはキャラに扮していない、仮面をかぶっていない状態としての「本当の自分」があるということを意味します。それは「分けられない個人」信仰によるものであり、平野さんが提示する分人主義とは異なります。

分人とは、相手との関係性によって相手からの影響も受けて自然とできあがるあり方であり、私たちは内面に複数の分人を抱えながら生きていると平野さんはいいます。

少し平野さんの言葉を引用します。

私たちは、極自然に、相手の個性との間に調和を見出そうとし、コミュニケーション可能な人格をその都度生じさせ、その人格を現に行きている。それは厳然たる事実だ。なぜなら、コミュニケーションが成立すると、単純にうれしいからである。
その複数の人格それぞれで、本音を語り合い、相手の言動に心を動かされ、考え込んだり、人生を変える決断を下したりしている。つまり、それら複数の人格は、すべて「本当の自分」である。

サラッと述べられていますが、この言葉で気が楽になる人は多いのではないかと感じます。「本当の自分」という考え方は、「自分らしさ」「本当に好きなこと」など何か突き詰めたものを見出すべきだという強烈な観念となり、ときには”呪い”のように人を苦しめてしまうこともあります。どこかにまだ見つけることができていない本物がいるのではなく全部が本当の自分であり、しかもそれはコントロール可能なものであるという考え方はアイデンティティ形成に悩みやコンプレックスのある人にとっては救いにもなる考え方です。

本書の中では、そもそもの個人individualという言葉や概念の成立の背景として一神教における神と個人との関係や、論理学の考え方から「これ以上分けられない」という厳密さにつながったことなど西洋文化の中での成立の背景を分析したり、実際の社会における日常生活として家族や職場など複数の人間関係の中で生活をする社会的なあり方の実態など複数の側面から考えを整理しており、分かりやすくもありつつ、考えるポイントをいくつも提示してくれます。

具体的な例ではこの一年で一気に増えた在宅勤務時のリモート会議の難しさなども分人との関係で考えると分かりやすくなります。仕事モードの分人と家庭モードの分人は異なるものなので、例えば子育て中の人が「子ども抱きかかえながら会議出てもいいよ」と言われても、「いやいやそういう問題じゃない」と戸惑ってしまったりする、ということです。

「社会的な動物」の意味を捉え直す考え方

分人という考え方は「社会的動物」としてのヒトの捉え方を新たなものにすると感じます。

付き合う人を変えることの効果は例えば自己啓発の分野などでも様々に言われてきていますが、分人主義はその背景を分かりやすく説明します。私たちは相手との交流の中で影響を相互に与え合うことで成り立っているのであり、付き合う人や付き合い方を変えることは、自分の中の分人の構成比を変えていくことであり、つまり付き合う相手を自ら変えることで自分なりに分人の構成比を選んでいくことができる、というもの。

自分の中の分人は目の前の相手によって異なるものが単に複数存在するというだけではなく、自分の中の複数の分人同士も相互に影響をし合うからこそ、分人構成比を変えることで自分が変わっていくという説明は私自身は自分の感覚とも近く、腑に落ちる部分が多いです。

少し疑問に思うところとしては、内省的な思索や1人でのなんらかの作業など、自分ひとりで過ごす時間の中での変化はどう捉えるのかということです。例えば本書の中では、分人の説明の中で「自分探しの旅は旅先で出会う多くの人と接することで自分の中に新たな分人を作り出す旅であり、分人を探す旅ということができる」という説明がありました。なるほど、と感じる部分がある一方で、だとしたら人との関わりを重視せず自分一人を見つめ直すような旅では新たな分人は生まれず自分探しにはなりえないのだろうか、などと考えたりしました。

おそらくですが、ここでポイントになるのも「自分の中の分人同士が相互に影響する」という部分なのでしょう。日常生活の中で付き合いの多かった人たちから離れることでその人達との分人の構成比が減り、別の分人の割合が大きくなるのでしょうし、内省的なあり方というのはその構成比の変化を感じ取る作業とも言えるかもしれません。

対人支援における分人主義の適用

福祉や教育、医療など対人支援に関わる人も読んでみると面白いのではと思います。例えばDVや児童虐待等の被害者の支援を考えるときに、被害者の方が新しい環境の中で新たな分人を作っていくことができることや、特定の分人(加害者との分人)を小さくしたり消去して新たな自分を生きることができると伝えられることには大きな意味があると感じます。

また同時に、とはいえ被害者の方は加害者との分人の構成比が高い状態からスタートしており、その分人に対する愛着や愛情もまたとても大きい場合がある(例えば虐待を受けていたとしても子どもにとって親という存在は大きなものである)ということを支援者が認識をしておくことや、ケアを進めていく上でも支援者と被支援者の間で分人構成比を変えていくことの意味や意義について一定の共通認識を作りながら進めていくことなどができるとより良い支援につながる場面は多いのではないかと感じます。

分人の発達段階と性格・特性の関係

分人には単純に目の前の相手ごとの分人が存在するだけではなく、親しくない人や集団に対しての分人などいくつかの段階があるという話もなるほど、と感じる部分でした。

  • 親しくない人や公的な場面において出てくる「社会的な分人」
  • そこからある程度分化した特定の属性の集団に対しての「ブループ向けの分人」
  • そしてさらに関係が深まり一対一の関係において生まれてくる「特定の相手への分人」

このように分人には段階があり、どの段階の分人をどの程度持てていると自分として心地よいかは人によって変わるのでは、という話です。

この分人発達段階の構成比による心地よさは内向性や外向性など性格特性との関連を感じました。例えば私はどちらかというと内向性が強いと感じていますが、私にとっては社会的分人やグループ分人でいる時間があまりに長いと疲れてしまい、ある程度以上に親密な特定の相手との分人で過ごせる時間が多い方が居心地が良いですし、同じ内向的な人でもグループ分人は居心地がいい人とか、グループの人数(3人までなら居心地良く過ごせるとか)による影響なども考えられます。

逆に外向性の強い人は新たな人と出会い自分の中に新たな分人を作るというプロセスに心地よさを感じる人なのかもしれません。外向性強めな方が分人主義の考え方をどのように感じるのか聞いてみたいです。

特性の話は外向性・内向性だけでなく、例えば開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症傾向の5つの性格特性で個人の性質を捉えるビッグファイブ理論などいろいろありますので、それぞれの理論と分人主義の関係などを考えてみるのも面白いかもしれません。

まとめ:人生100年時代は分人コントロール力が求められる時代なのかもしれない

最後に。これからの社会の中で分人という考え方は重要になるかもしれないという点をお伝えして終わります。これからの社会やライフスタイルを表す象徴的なキーワードの一つとして「人生100年時代」というものがあります。多くの人の健康寿命が伸び、それに伴い働く期間が長くなる時代です。そして、その長い労働人生においてはハードワーク一辺倒ではなく、副業を楽しみながら複数のスキルを伸ばしたり、家族や友人と過ごす時間や趣味や地域の中で過ごす時間など複数のコミュニティを行き来することが大切に成っていく時代。

こうした人生100年時代を楽しくいきていくためには「コミュニティに所属する力」が生きやすさに関わってくるといえます。これを分人主義的に言い換えれば「分人構成比を自分でコントロールする力」と捉えることができるのではないでしょうか。どのような人とどれだけの時間を過ごし、その人達と過ごしているときの自分を過ごしていくのか、それを主体的に感じ取り、作り上げていく力。難しく聞こえるかもしれませんが、私自身はこの分人主義の考えを知ることで人間関係に対して感じていたストレスが減ったというか「気が楽になった」と感じています。

人生100年時代を提唱した『LIFESHIFT』の中では人生100年時代には常に「自分は何者か」というアイデンティティに関わる問いを考え続けることが求められると書かれていましたが、この問いを考える上ではまず「本当の自分」の幻想から離れ、自分の分人を見つめることから考えてみるのが良いのではないかと感じています。

『私とは何か――「個人」から「分人」へ』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

平野啓一郎『空白を満たしなさい』

まずは内容紹介でも触れた分人主義をテーマにした平野さんの小説作品です。主人公は「あなたは3年前に自殺した」ことを告げられた男。家族と過ごした自分、友人と会っている自分、職場での自分…、様々な自分の中には自分でも思いもよらないものもあるのかもしれないということを考えながら、”蘇生”の謎が徐々に明らかになっていきます。

平野啓一郎『ドーン』

『空白を満たしなさい』に続いて分人主義が通奏低音になっている作品で、監視カメラネットワークやAR(拡張ではなく添付)そして火星有人探査などの実現する近未来が舞台。『空白を満たしなさい』があくまで一人の人間の生活範囲の視点を中心とした作品だったのに対して『ドーン』で語られるテーマは紛争、移民、そして民主主義のあり方など「近い将来ありある」というよりすでに今現在の私たちの社会で起こっていることを考えさせるものです。

高橋和巳『消えたい: 虐待された人の生き方から知る心の幸せ』

対人支援における分人主義の適用について触れましたが、本書は精神科医の著者が虐待被害者の心のあり方や、苦しさ、立ち直りのプロセスを丁寧に語る本です。分人という考え方を知った上で、実際にその構成比が変わっていくプロセスとはどういうもので、どういう意味があるのかを考えながら読むことでさらに感じることが多いものとなると思います。

最後までお読みいただきありがとうございました。