本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『他者と働く(宇田川元一)』「私とあなた」それぞれの立つ場所、立ち方、歩き方を考える

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書評『他者と働く(宇田川元一)』「私とあなた」それぞれの立つ場所、立ち方、歩き方を考える

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は経営学者の宇田川元一さんの『他者と働く──「わかりあえなさ」から始める組織論』の書評記事です。

 

内容紹介

経営学者による組織論を扱った書籍であり、NewsPicksパブリッシングからの出版ということでビジネスセクターの方が読んでいることが多いと思いますが、本書で語られることは営利組織だけでなく幅広い組織やコミュニティ、あるいはプライベートな人間関係についても立ち止まって考える視点を与えてくれるものであり、多くの人に読んでいただきたい本です。

本書で中心的に扱われるののはナラティブ・アプローチという考え方です。社会学の社会構成主義という立場に基づく考え方で、個々人のナラティブ(語り、物語)に注目する手法です。元々は医療や福祉などの対人支援の現場で主に注目されてきた考え方ですが、本書ではその視点の持ち方や考え方を組織論と掛け合わせて、医師や臨床心理士・ソーシャルワーカーなどの専門職としてではなく、日常の社会をいきる私たち一人ひとりがその対話的な態度を活用していく視点をわかりやすく提示したことに価値があります。

Amazonの内容紹介から引用します。

忖度、対立、抑圧…あらゆる組織の問題において、「わかりあえないこと」は障害ではない。むしろすべての始まりである──。
ノウハウが通用しない問題を突破する、組織論とナラティヴ・アプローチの超実践的融合。
いま名だたる企業がこぞってメンタリングを熱望する気鋭の経営学者、待望のデビュー作!

本書の構成

本書は以下のように構成されています。

はじめに 正しい知識はなぜ実践できないのか
第1章 組織の厄介な問題は「合理的」に起きている
第2章 ナラティヴの溝を渡るための4つのプロセス
第3章 実践1.総論賛成・各論反対の溝に挑む
第4章 実践2.正論の届かない溝に挑む
第5章 実践3.権力が生み出す溝に挑む
第6章 対話を阻む5つの罠
第7章 ナラティヴの限界の先にあるもの
おわりに 父について、あるいは私たちについて

本書をオススメする人

本書は以下のような方に特にオススメです。

  • 「対話」というテーマに関心のある方
  • 組織やコミュニティにおける関係生やチームビルディングについて関心のある方
  • (人事など組織内部の専門家あるいはコンサルなど外部支援者として)組織開発に関わる方

「対話とは新しい関係性を構築すること」である

本書では関わる相手の立場を理解し副題でもキーワードとなっている「わかりあえなさ」を超えていくためには「対話」が必要であるということを説きます。「対話」というキーワード近年ある種のバズワードのようになっている部分もあり、組織やコミュニティ、対人関係やそれらに派生するテーマに関心のある方は非常によく見聞きする言葉ではないかなと思いますが、残念ながら丁寧に扱われていない「対話」という言葉に出会うこともそれなりにあります。本書の重要な価値の一つはまずその「対話」という概念を非常に端的にかつ本質的に定義したことです。

対話とは、一言でいうと「新しい関係性を構築すること」です。

非常に分かりやすいですね。そして、組織とはそもそも関係性のことであるから、対話というのは組織を考えることそのものなのである。さらに、ではどのように新しい関係性を構築すれば良いかというときに登場するのが「ナラティブ」のキーワードです。新しい関係性をつくるとは、相手の「ナラティブ」との間に橋を架けることである、と。その上で、この橋を架けるまでのプロセスを4段階に分けて解説していきます。本書は主題か副題に「対話」というキーワードを入れるべきだったのではないかと思う程に分かりやすく、対話に関心のある方には広く読んでいただき考えていただきたい整理の仕方です。

対話の4つのプロセス

著者は、ナラティブの溝に橋を架けるための、つまりは相手との新しい関係性を構築するための対話のプロセスを4つに分けて解説しています。

  1. 準備「溝に気づく」…相手と自分のナラティブに溝(適応課題)があることに気づく
  2. 観察「溝の向こうを眺める」…相手の言動や状況を見聞きし、溝の位置や相手のナラティブを探る
  3. 解釈「溝を渡り橋を設計する」…溝を飛び越え、橋が架けられそうな場所や架け方を探る
  4. 介入「溝に橋を架ける」…実際に行動することで橋(新しい関係性)を築く。新しい関係性を通してさらに観察を続ける

一番最初に「準備」「観察」「解釈」「介入」という4つのプロセスの名付けを見た印象としては、各プロセスがあまりにも自分ひとりで行う行動に偏り過ぎているのではないか、というものでした。ただ、各プロセスの解説を詳しく読んでいくとそんなことはありませんでした。私が特に重要だと感じたのは2観察と3解釈なのですが、この観察や解釈は決して一人で行うものではありません。上記の要約においても観察は「相手の言動や状況を見聞きし」と定義されているように、相手へのヒアリングも重要な要素であると解説されていますし、3解釈においても

解釈の取り組みを一緒にしていると、段々とお互いの言っていることの真意がつかめてくる

と解説しており、相手と自分の相互作用として解説されています。

重要な点として意識するべきなのは、このプロセスにはある程度の時間や(身体的・精神的な)労力が必要であるという点でしょう。「対話」は「会話」とほぼ同義のコミュニケーションが行われているその場面だけのことを指しているように捉えられることも多いかと思いますが、本書はもう少し大きな視座で対話を捉えています。実際に言葉を交わすことの前後にも重要なプロセスがあるのだということです。

「私とあなた」「私とそれ」という関係を考える

本書の中で重要な概念として提示され、何度も言及されるのが哲学者のマルティン・ブーバーの関係性の分類です。少し引用しましょう。

マルティン・ブーバーは、人間同士の関係性を大きく2つに分類しました。ひとつは「私とそれ」の関係性であり、もうひとつは「私とあなた」の関係性です。「私とそれ」は人間でありながら、向き合う相手を自分の「道具」のようにとらえる関係性のことです。例えば、私たちがレストランに行ったとき、「定員」さんに対して、一定の礼儀や機能を求めることではないでしょうか。(略)一方で、「私とあなた」の関係とは、相手の存在が代わりの利かないものであり、もう少し平たく言うと、相手が私であったかもしれない、と思えるような関係のことです。(略)対話とは、権限や立場に関係なく誰にでも、自分の中に相手を見出すこと、相手の中に自分を見出すことで、双方向にお互いを受け入れあっていくことを意味します。

本来であれば「私とあなた」という個人同士の関係性として捉え考えるべきところに「私とそれ」という道具的な発想を行ってしまうことで課題が発生している場面というのは、多くの人が思い浮かぶのではないでしょうか。本書が解説する対話の4つのプロセスというのは「私とあなた」の関係性を結び直すためのものであるということができます。

一方で「私とそれ」という道具的な関係をすべて排除すれば良いという訳ではないという点もしっかりと理解しておくことが必要でしょう。サービス化が進んだ現代社会は道具的関係性によって成り立っていて、それが「行き過ぎている」と感じている人が増えているのだと思います。だからこそ本書で解説されるように深く相手と関わる所属組織やコミュニティにおいて道具的でない関係性を結べることは望ましいですが、サービス社会においては道具的関係性があるからこそスムーズに社会運営がなされている部分もあると思います。

この点は本書の中で著者も認めています。

常に「私とあなた」でいる必要は当然ありません。とりわけ実行が重要なフェーズでは道具としての関係性は非常に重要です。

道具的でない関係性と道具的な関係性の使い分けや行き来はどのようになされるべきかという点は考えがいのあるポイントです。

組織の成り立ちやフェーズの中で考える「道具的関係」の位置付け

「私とあなた」「私とそれ」の関係性についてもう少し考えてみたいと思います。著者が指摘する実行フェーズにおいては道具的な関係性の果たす役割が重要であるという点です。私はコンサルタントとして多くの組織に関わってきましたが、組織の状況や課題によって「道具的関係」の位置付けは変わってくるように思います。

例えば、会社組織にしろボランティア団体にしろ少数のメンバーによる立ち上げのフェーズでは基本的に組織内にあるのは「私とあなた」の関係です。お互いに文脈や考えを理解し合ったメンバーで物事が決定され、進んでいきます。その後組織が大きくなった段階では、「私とあなた」の関係ばかりでは窮屈で動きが鈍くなってくるはずです。仕組みをつくり、効率的にオペレーションを回していくということが必要になる段階です。仕組み化というのは「誰でもできるように」というところに力点があるのであり、これは組織内に「私とそれ」の関係を意図的に持ち込むという風に捉えることができます。組織内で何が大事にされていて、何を効率化・仕組み化して良い(道具化して良い)のかを組織内のメンバーとそれこそ対話的に合意をとっていかないとうまくいきにくいのではないでしょうか。

逆に、大きな組織やある程度の歴史を持っている組織の場合には組織内が「私とそれ」の関係ばかりになってしまっていることが問題になっていることがしばしばあります。その場合には、本書の4つのプロセスで解説されている通りいかに「私とあなた」の関係を結び直すのかということが重要な点となるでしょう。

組織内の現状を捉えるという点でも重要な視点だと感じます。

問われる「保留」という態度に必要なものは

本書では自分と相手のナラティブの違いを理解し、その溝に橋を架けることの大切さが説かれていますが、この立場の違い、ナラティブの違いというのは使い方を誤ると非常に危険な武器にもなるなと感じました。

例えば著者は以下のように指摘する箇所があります。

実は主体性を発揮して欲しいと思うことは、こちらのナラティブの中で都合よく能動的に動いてほしいと要求すること。今の職場のナラティブの中で活躍できる居場所を失ってしまっているので、「主体性がない」ように見えるに過ぎません。

「主体性を持って欲しい」という発言は組織内の立場が上の人はしてしまいがちな発言ですし、そのような発言に対して「最もだ」と安易な賛同を示してしまいそうな場面も簡単に思い浮かびますが、そのような態度には大きな注意が必要です。

また、逆に組織内の下の立場の人が注意するべきこともあります。

立場の弱い側にはひとつの大きな罠があります。立場が上の人を悪者にしておきやすい「弱い立場」ゆえの正義のナラティブに陥っている

組織の上の立場からの「主体性を持って欲しい」と対を成すような話です。組織内の話に限らず、政治的・社会的な言説を含めて何か分かりやすい「悪者、敵」を擬似的にでも作り出すことで話が分かりやすくなったり進みやすくなったりする場面はありますが、いたずらにナラティブの溝を深める形で何かを進めようとするのは品のないものだなと感じます。

自身の立場が上であれ下であれナラティブの溝に足をとられたり、溝をあえて深めるような立場を取らずに真摯な関係性を構築しながら社会生活を送っていくためには、本書内で繰り返し語られる「保留」という態度が重要になるでしょう。

対話における「保留」の態度ついては、対話の重要性を早くから指摘していたデヴィッド・ボームの『ダイアローグ』という書籍の中でもその重要性が強調されていました。ボームの『ダイアローグ』は『他者と働く』とは異なり、一読しただけではサッと理解はしにくいような抽象的な書き方がされている本ではありますが、書き方のまったく異なる2冊で同じく強調されている重要な態度であるということは対話という概念やプロセスを考える上で忘れずにおきたい点です。

『他者と働く』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

デヴィッド・ボーム『ダイアローグ』

上記の書評の最後でも紹介したデヴィッド・ボーム『ダイアローグ』です。ボームが理論物理学を主体に心理学や哲学にも精通した人物で、「コヒーレンス」などの物理的な用語を元に解説を進めていくなど抽象的な議論も多く難しい書籍ではあるのですが、「あらゆる社会課題は対話的でない関係や思考から生まれている」などハッとする指摘も多く、対話の重要性を考える人には長く読まれ続けている本です。

東畑開人『聞く技術 聞いてもらう技術』

臨床心理士で『居るのはつらいよ』など多数の著書を持つ東畑開人さんの初新書です。一般的に対話に関連する態度としては「聞く」ではなく「聴く」が重視されることが多いように思いますが、東畑さんはむしろ「聞く」の方が重要であり、それができなくなっている場面が多いことが問題なのだといいます。聞く技術というのは「聞いてもらいたがっている人に気づくことだ」という目から鱗が落ちる東畑さんの新鮮でわかりやすいコミュニケーション論は多くの人にオススメです。

安斎勇樹『問いかけの作法』

組織内における関係生を考えるという側面をもっと深めたい方には本書がオススメです。本書はいわゆるファシリテーションに関する書籍なのですが、会議など組織内におけるコミュニケーションの中でも特に「問いかけ」に注目し、「見立てる」「組み立てる」「投げかける」の3つのステップで詳細にその方法論を解説していきます。『他者と働く』で解説された相手との関係性の結び直しの解像度を上げる一冊としてオススメです。

荒井浩道『ナラティブ・ソーシャルワーク』

最後にご紹介するのは本書が依拠していたナラティブ・アプローチについて学びを深めたい方にオススメの書籍です。医療や福祉などの分野で実際にどのように活用されているのか、その効果や意義はどのような点にあるのか。本書は具体的な事例を解説する形式となっていますので医療や福祉自体に詳しくなくとも理解しやすく、当事者の語り・物語を重視するということの意味を具体的に掴むことができます。

最後までお読みいただきありがとうございました。