本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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レビュー 『脳には妙なクセがある』知的好奇心を刺激し続けて くれる楽しい読書体験

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レビュー 『脳には妙なクセがある』知的好奇心を刺激し続けて くれる楽しい読書体験

こんにちは。書評ブロガーdaisuketです。本記事では池谷裕二さんの『脳には妙なクセがある』の書評を書きます。脳の働きや構造を知ることは、普段の生活や仕事の仕方、あるいはその前提となる発想の仕方や物事の捉え方を見直すことにつながります。普段から振り返りや内省を欠かさないという人でも、なかなか脳の仕組みまで広げて考えることは少ないかと思いますが、本書を読むと目からウロコが大量に落ちます。いつもとは少し違った視点で自分自身について考えてみたいという方にはぜひオススメできる一冊です。

 

 

どんな本か?分かりやすくて面白い脳のお話。

脳には妙なクセがある (新潮文庫)

脳には妙なクセがある (新潮文庫)

 

「脳科学」という言葉というか、ジャンルはすっかりメジャーになりましたよね。「脳トレ」が流行ったり、わりとテレビ露出の多い脳科学者が現れたりして、脳科学という分野の知見がテレビで披露されることが増えているように感じます。

 

とはいえ、テレビで紹介されているとなんとなく良さそうなことのように感じてしまうことも多いですが、よくよく聞いてみるとけっこうおかしなことを言っていることも少なくありません。あからさまな嘘を言っていることは少ないかと思いますが、本当かどうか確証の薄いことをそれっぽく言う、ぐらいのレベルのものはわりとごろごろしています。

 

脳科学、というのは一般人にはなかなか手の届かないところなので、あーそういうものなのか、と受け入れてしまいがちな分野なのですが、ちゃんとした情報や知識を知りたいと考える方が読むのにぴったりなのがこの本。とても分かりやすくて、とても面白い。

 

著者の池谷さんは東大の薬学系研究科の教授で、日本における脳研究の天才です(Twitterアカウントでも最新の論文の知見などを分かりやすく紹介されておりオススメです →池谷裕二 (@yuji_ikegaya) | Twitter)。一般人に最新の脳科学の知見を分かりやすく紹介することにかけても天才的なんですが、シナプス形成の仕組みを解明するなど一見素人にはとっつきにくいご自身の研究分野やその成果も分かりやすくなされていて感心します。

 

本書で扱われるテーマ

本書では例えば以下のようなテーマが扱われています。

  • 男脳と女脳の意外な違い
  • 男性ホルモンや女性ホルモンが果たしている役割
  • どうしても避けられない強力な「後知恵バイアス」とは

実験の内容などの説明が丁寧で分かりやすいのがすごくありがたいです。この手の分野は、こうなんですよそうなんですよ、とただただ説明をされるだけだといまいち楽しくないんですよね。テレビで取り上げられることも多いと書きましたが、やっぱりそうやって情報自体に触れる機会はものすごく多いので、雑な情報では新鮮味もなく楽しくないですし、頭にも残りません。その点、本書は背景や原因をしっかりと説明してくれるちゃんとした本ですので安心して楽しめます。また、引用している論文についても紹介しているのでさらに詳細を調べたり、あるいはエビデンスを確かめながら読みたいという方にもオススメです。

 

様々なテーマを短めにいくつも載せている形式の本なので、箇条書きに抜き出してしまうのはこの本の面白さを台無しにしてしまう気はするんですが、まとめるのも難しいので以下では個人的にとくに面白かった部分を少しだけ取り上げることにします。

 

物に対する同情

同情という感情がありますが、これは人にだけ向けられるものではないという話です。

 

どういうことかというと、「痛そうな人」を見ると、同情ニューロンが反応して、それが人への共感や思い遣りという感情につながっていくというのが私達が通常想定する同情」ですが、この感情の動きは人に対してだけでなくモノに対しても起こると言います。例えばテレビや携帯電話などをハンマーで破壊するシーンを見たときにも同じ回路が反応する、という話。つまり、人はモノに対しても同情するということ。で、ここからさらに一歩踏み込んで池谷さんが考えることが面白いです。

 

こうした物に向けられた同情こそが「もったいない」という発想の源になっているのではないかといいます。「もったいない」とは”物”を擬人化し、その”痛み”を脳に投影する精神活動なのでしょうということ。この指摘には「なるほど!」と膝を打ちました。

 

物に対して同情する、という言い方には違和感がありますが、それは「同情する」という言葉の成立が人対人の社会的な関係において使用するものとして後から生まれたものであるか感じるものであるわけで、脳の反応の方が言葉より先にあることを考えればこれは納得です。

 

気になるのは「もったいない」という感覚は日本人に特に強い概念だと言われますが、日本人の脳はどのように物と人を見ているのかということ。物をとにかく擬人化して捉えるということなのか、物も人も同格に捉えるということなのか。ここらへんは物に魂を込める精神だったり、八百万の神々的な観念ともつながりがありそうで面白いポイントです。

 

「後知恵バイアス」とは何か

「やっぱりね」と言うときや感じるときの「やっぱり」は、実はそれほど「やっぱり」ではなかった可能性が高い、というお話です。これだけでは少し分かりにくいですね。

 

どういうことかというと、私たちはあるできことが発生すると、それに応じて自分がそのできごとの発生前にどのように考えていたかの意識を改変してしまう。つまり、「かつての自分は正解こそしなかったとはいえ、それでも正解に近い解答をしていた」と思い込む傾向があるということです。

 

これはとても怖い話ですよね。自分にはそうとしか思えないものが、実は改変された(自分が無意識で改変した)思い込みでしかないということがあるということです。自分だけの勘違いで終わらずに、誰か相手との認識違いや言い争いにつながりうるといいますが、日々起こっている言い争いの原因に後知恵バイアスが絡んでいる可能性はけっこうあるのだとしたら私たちはどのようにすべきなのでしょうか。

 

この「後知恵バイアス」は避けようとしても取り除くのは難しいらしく、対策としてはただひとつ、謙虚になり、自分が間違っている可能性を常に念頭に置き続けることということです。これもまた、難しいですよね。

 

こうした認知ミス関連の話はデザイン系の本でも見かけたことがあります。特に認知科学者のノーマン博士が書いている『誰のためのデザイン?』は最高に面白いのでこちらもオススメ。(本記事下部のおすすめ本紹介コーナーで改めて紹介します)

 

「エピジェネティクス」という遺伝子学における新たなテーマ

これは個人的に最近興味のあるテーマです。エピジェネティクスとは、遺伝子の機能発現の変化のことです。遺伝子というのはなかなか変化しません。成長の過程でどうこうなったり、親から子へといった時間軸でどうにかなるものではなくて、進化レベルの長い時間が必要となります。ただし、染色体やDNAは後天的に化学的な装飾を受けることがあり、それにより発現する機能に変化がある、つまり進化的に遺伝子に受け継いだ機能以外に後天的な機能発現があり得る、というものです。

 

このエピジェネティクスに関する最新の研究では、その影響が単に後天的であるというだけでなく、さらに子どもや孫の世代まで影響が及ぶことが判明しているようです。これはすごいことですね。もう少し研究が進んで人のレベルでの話まで来ると、教育関連の知見と合わせて、貧困対策であったりとかに本気で活かされるときが来るかもしれないですね。

 

「生理的に嫌い」「なんとなく好き」の正体

人の嗜好癖は本人のあずかり知らぬところ、つまり胎生期に形成されているようです。乳児期に出会った好き嫌いにより「条件付け」が行われ、さらにその条件付けが「汎化」され類似したものにまで適用されるようになる。こうして乳幼児期に形作られた嗜好は、意識上では無根拠なものであったり、あるいは誤解に基づいたものが少なくないといいます。

 

これに対して池谷さんは、そのようにして無意識に形成された「わけがわからないけど」や「ただなんとなく」と感じる生理的な好悪癖こそが、人格や性格の圧倒的な部分を占めているだろうととおっしゃっています。これは同感です。そういう言葉に出来ない部分があるから面白いということは多いですよね。

 

「喩え話」がうまい人は何がすごいのか

メタファーというのも面白いテーマの一つですね。この本で指摘されるのはメタファーを利用すれば受け手の脳を強く活性化できるという点。コミュニケーションというのは本質的に受け手主導の構図を取るものですが、メタファーを利用することは、相手の心を揺るがすことにつながり、受け手主導の大原則を逆転することになるかもしれないということです。


これはなるほどですね。喩え話のうまい人、というのはスマートな印象がありますが、それは比喩をうまく利用することによって話し手としてコミュニケーションを主導することに長けている、ということなのかもしれません。

 

意思は脳から生まれるのではなく、周囲の環境と身体の状況で決まる

この議論は非常に面白いと感じました。池谷さん本人もこの考え方が、この本自体の通奏低音になっているとおっしゃっています。


意思が周囲の環境と身体の状況で決まるというのは、つまり自由意志とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の第い部分は環境や刺激によって、あるいは普段の習慣によって決まっているということです。


なかなか衝撃的なことが書かれています。まさに科学と哲学の交差する分野ですね。自由とは何かというところは政治哲学の方面から考えるのも超面白い分野ですので、ここはまたゆっくり考えてみたいところです。

 

そして、この考え方に基づく最後の結びもさわやかです。


自分の意思というのは自分で思っているほど「自由に」決められるものではないかもしれない。私たちの身体がどのように反応(反射)するかは、本人が過去にどれほど良い経験をしてきているかに依存しています。だから、「よく生きる」ことは、「よい経験をする」ことだと考えています。すると、「よい癖」が身に付き良い循環が生まれてきます。

良い経験たくさんしながら生きていきたいですね。ではまた。

 

脳には妙なクセがある (新潮文庫)

脳には妙なクセがある (新潮文庫)

 

 

 

『脳には妙なクセがある』を読んだ方、興味を持った方にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

 

D. A.ノーマン『誰のためのデザイン?』 

認知科学という分野からのデザインにまつわる話です。『脳には妙なクセがある』は脳の話の中でも、脳の仕組みの方から私たちの志向や認識を解説するという形でしたが、『誰のためのデザイン?』は認知科学の書ということで「私たちがどう捉えるか、どう感じるか」を起点として話が進みます。本書とは発想の順番が異なりますが、共通している要素もいくつもあります。特に何らかの形でデザインに関わる方には強くオススメできます。

太田邦史『エピゲノムと生命』 

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)

エピゲノムと生命 (ブルーバックス)

  • 作者:太田 邦史
  • 発売日: 2013/08/21
  • メディア: 新書
 

『脳には妙なクセがある』でも紹介されたエピジェネティクスという分野についての研究成果を簡単に紹介した本です。本書からエピジェネティクスに興味を持った方はぜひ本書をご一読ください。

 

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』

『サピエンス全史』で有名な歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリによる著作。『サピエンス全史』が人類の過去、つまりこれまでの歴史について述べた本であったのに対して、『ホモ・デウス』は人類の未来に関する本です。全地球規模のグローバル社会が成立し、テクノロジーの発達の末に人類の知能を超える時代に何が起こりうるのか。『脳には妙なクセがある』でもトピックの一つとして扱われていた「自由意志」というものも重要な要素として登場します。

 

ジョナサン・ハイト『社会はなぜ左と右にわかれるのか』 

『脳には妙なクセがある』とは少し異なった視点ですが、同じく私たちの脳の構造に注目し、そこから政治という問題について考える話。右派と左派の対立は脳の構造レベルから発生しているというなかなかすごい指摘の本です。議論をすることによって、話をすることによって分かり合うことは可能なのかどうか、難しいテーマですし、分厚い本ですが丁寧に書かれているのでわかりやすく楽しく読めます。

 

築山節『脳が冴える15の習慣』

『脳には妙なクセがある』を読んで、自分自身の脳の働きや普段の生活に関心が向いた方にオススメなのがこの本。良い経験をしていくことが良いという指摘もありましたが、『脳が冴える15の習慣』では具体的な生活の中の習慣に注目しながら脳の働きを活発にしていく方法について考えていきます。

追記:本書について書評記事も書きましたので良ければお読みください。

 

daisuket-book.hatenablog.com