淡青色のゴールド

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書評『ロボットとは何か--人の心を移す鏡』ロボットの捉え方を一変させる一冊

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書評『ロボットとは何か--人の心を移す鏡』ロボットの捉え方を一変させる一冊

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事はロボット研究者の石黒浩さん『ロボットとは何か--人の心を映す鏡』の書評記事です。

 

 

内容紹介

Amazonから内容紹介を引用します。

この本のカバーの(超太帯の)写真をご覧ください。双子のようなペアの、右側が著者の石黒浩氏、左は、自身をモデルにした遠隔操作型のアンドロイド「ジェミノイド」です。
石黒氏は、これまでにほかにも、自分の幼い娘をモデルにした子供アンドロイドや女性アンドロイド、ロボットが役者と演じる「ロボット演劇」、介助されて立ち上がる「発達する子供ロボット」など、国内外を驚かせ、注目を集める研究を行ってきました。
「なぜ人間型ロボットにこだわるのか?」――それは、このような一連の研究は、著者にとって「人間とは何か」を問う自己探求の試みでもあるからです。
本書では、人間型ロボット第一人者である石黒氏が、これまで開発したロボットを紹介しながら、研究の過程で感じてきたことを、疑問や戸惑いも含めて率直に語ります。また、有名な「ロボット3原則」や、ロボットと人間の将来まで論じた、すぐれた情報社会論でもあります。

発売されて10年以上経ちますが、「ロボット」をテーマにした本でこれ程刺激的な本を私は他に知りません。それはロボットについて考えるというのは、単に最新のロボット研究の事情を知ることなのではなく、ロボットを通して人間のことを考えたり、人間との違いは何かという他との比較や取り巻く環境を考えることによって成り立つものだからです。石黒さんのロボット研究には技術的あるいは機能的視点の背景に、社会とは何か、芸術とは何かといった人間社会に対する問いがあり、本書を通してそれらを一緒に考えていくことで、読者の「ロボット」を見る目を変える一冊です。

なんで読んだのか?「意思」について考えるヒントを得るために

私が本書を手にとったのは池谷裕二先生の『脳には妙なクセがある』を読み終わった後でした。先日の書評記事でも書きましたが、『脳には妙なクセがある』のテーマとして敷かれていたのは「私たちの意思とはどこから来るのか?」というものでした。

『脳には妙なクセがある』の書評記事はこちら↓

 

daisuket-book.hatenablog.com

 

池谷先生の言葉を改めて引くと、私たちの意思とは

自由意志とは本人の錯覚にすぎず、実際の行動の大部分は環境や刺激によって、あるいは普段の習慣によって決まっているということ

と指摘されております。これは非常に考えがいのあるテーマです。「我思う故に我あり」的な哲学課題に入り込んでいくこともできますし、量子力学と意識の問題なんかにもつながっていって未だに明確な統一見解が存在しない奥の深い問題です。

個人的には哲学者ほどまじめにこの問題に頭を悩ませ続けることができるほどのパワーはないのですが、こうして色んな本でこのテーマを見かけるたびにあれこれと考えては楽しんでいます。

そして、今回池谷先生の言葉を見て私の思考が飛んだ先が「ロボット」でした。

自由意思なんてもしかしたら存在しないのかもしれない。周囲の環境やそこから受ける刺激によって反射的に行動をしているだけなのだとしたら、私たち人間の意思や行動はある意味とても「ロボット的」ということもできるんじゃないか。そしてそれはなにも人間を貶めるような言い方ではなくて、逆にロボットにも意識は存在しうる、ということにつながっていくんじゃないか。

などなどと思考が進んでいきまして手にとったのが本書『ロボットとは何か』です。最新のロボット研究とはどうなってるんだろう、と、早速読みたい本リストの中から探して購入したのでした。

と、まぁそんなこんなな理由で手にとったこの本なのですが、まさに問題意識にがっちり合った内容でした。本を手にするときはある程度内容やそこから得る学びに期待を込めて読み始めることが多いですが、ここまで問題意識にぴったりなのも珍しくて読み進めながら非常に楽しかったです。

 

ロボットも心を持つことができる

まず導入部分から「心」の問題を取り上げることを次のように宣言してくれます。

「人間には心がある」というのは非常に漠然とした感覚です。心とはどこにどう「ある」ものなんでしょうか。

この設問に対して、石黒先生は簡単な視点の転回を紹介を取り入れます。どういうことかというと、「心があるのが人間」なのではなく、「相手に心があると感じるのが人間」であると。

例えばそれは、相手が激昂する様子を見て怒っているのだと理解したり、泣いているのを見て悲しいのだと理解するなどの場面です。自分の心ってなんだろう、と考えるよりは他人の心の方がイメージしやすいですね。ここでは「心」というものは「感情」とほぼ同義で使われているようです。

そして面白いのはここから「ロボットも心を持つことができる」という主張につながる点です。心とは相手が感じ取るものであるならば、ロボットもふるまい方次第で相手に感情を読み取ってもらうことができるようになるというロジックですね。

 

便利さを求める技術開発。その行く末に見えるのは「人間の本質」

「人はなぜロボットを作るのか?」というお話です。少し話が飛ぶようですが、当初設定した「心とは何か」という設問にばっちりつながっている大事なポイントです。

世の中いろいろなロボットが存在します。また狭義のロボットでなくとも、私たちの身の回りの家電製品であったり、その他の道具であったり我々の周りには多くの人工物があります。これらの共通点は人間の生活における「便利さ」を追求するものであることです。つまり原始的な道具から最先端のロボットに到るまで、ありとあらゆる技術開発は私たちに便利さをもたらすものであり、人間の能力を機械(や道具)に置き換える営みを技術と呼ぶことができます。

こうした人間の営みを石黒先生は次のように言い換えます。

人間はすべての能力を機械に置き換えた後に、何が残るかを見ようとしている

ロボット開発とはこうした「人間の能力の置き換え」の取り組みの最先端を行くものです。近年のロボットを見ていると本当にできることが増えていたり、立ち居振る舞いの人間らしさが増していたりして技術の進歩に驚くことも多いですが、これによって、認知科学、心理学、脳科学といった分野とロボット研究が密に結びつくようになってきているそうです。

人間の機能を順番に機械に置き換えていくと、人間でないと感じるのは何がなくなったときなんでしょうね。そしてロボットが心まで持てるとしたら人間であるとはいったいどういうことなのでしょう。

そんなことを考えていますと、いろいろな資質が機械に置き換えられていく攻殻機動隊などのSF世界の葛藤もそう遠くない未来に訪れそうだなと考えるととてもわくわくするようなおっかないような不思議な感覚になります。最先端のロボット研究者が「心」など哲学にも隣接するような問題に頭を悩ませている、というイメージはあまり持っていませんでした。

しかし、石黒先生に言わせるとロボット研究者こそ人間研究の最先端、ということになるし、どんな営みでも行き着く「基本問題は<物事の起源>と<人間>しかない」ということになるようです。なるほど。

私の場合、この本を読んだ当時は本業として(インターネット)サービス業に関わり色んな人たちにサービスを提供したりクレームを受けたりしつつ、土日は児童養護施設で大変な環境にいる子どもたちや福祉の現場の最先端で疲弊しまくっている職員さんたちと関わるなど、もっぱら<人間>の問題に関わっています。だからこそ読書では普段触れない<物事の起源>について考えたくなるのですが、脳の話を考えてもロボットの話を考えても結局「心」や「人間」という問題に立ち戻ってきています。もっぱら物質方面への関心からメーカーで働いている友人や分子の模型買ってニヤニヤしながら基礎研究に没頭している友人の話を聞いてると、あぁ発想が違うな―と感じることもあるので、物の起源に関心を持つ人と人に関心を持つ人というのは分かれていくものなのかもしれないですね。

 

ロボットの感覚センサとしてのユビキタス

ロボットが人間らしくふるまい相手に心を感じさせるためには、関わる相手や自分たちの置かれている環境から情報を収集し、適切な行動を取る必要があります。ロボットの個体に人間並みの感覚センサを取り付けるというのはまだ現実的ではないようです。それよりは周囲の環境側に情報感覚センサが存在し、ロボットはそれを受容し利用するというユビキタス的な構想の方が近いみたいですね。

要は人間の五感の代替機能としてのユビキタスということになるわけですが、これは人間側も利用可能になるんじゃないかなと思います。現在ウェアラブル端末が出始めてまだ全然一般的になるには程遠い状況ではありますが、近い将来端末としてはこなれてきて、「身に付ける」から「埋め込む」への移行も進んでいくような気がする。まぁ埋め込むまでしなくてもユビキタス情報へのアクセスとその活用はできるわけですけどね。変わっていきますよ、きっと。

 

ジェミノイドと労働問題

石黒先生そっくりのジェミノイドにまつわるお話。

ジェミノイドがいることでその場に「居る」ことができるようになります。実験の詳細は読んでみてからのお楽しみですが、ジェミノイドと関わる人にとっては「本人がいる感覚」がするというのは非常に面白いです。

また、そしてそこから出てくる課題も面白いです。ジェミノイドはそこに「居る」ことができる。ただし、実際にその場にいないので労務費が支払われない、という問題が発生する、というのです。これまで人間とは何か?という哲学的な最先端を走ってきた中から急に現実問題に引っ張られてちょっと笑えます。まぁこの問題については制度が追い付いてくるのは遅いでしょうが、それでも時間の問題じゃないかと思います。リモートワーク化はどんどん進んでいくので、労働時間やましては労働場所ではなく成果物での評価というのが増えていくと大した問題ではなくなっていくのではないでしょうか。

それより個人的にこのジェミノイドの活用法で気になった点があります。石黒先生の場合は自分の身体を模したジェミノイドが用意されていて、それを活用することができるわけですけど、それは石黒先生にしか利用できないし、また石黒先生にとってもジェミノイドが置いてある場所でしか利用できないということになります。これはとても不便ですよね。使い勝手が悪い。

使い勝手の良い使える技術になっていくためには、ということで、例えば次のようなアイディアはどうでしょう。

身体の軸になる汎用的なジェミノイドが居て、見た目的な「その人とみなすための情報」はAR技術で一時的に投影します。その人が利用し終えればまたそのジェミノイド端末を利用して別の人がその場に「居る」ことができる、というもの。もし実現すればいろいろなことができそうで面白いですね。

人間が本当にそこに「居る」ことと、「居るように感じる」ことの間の線引きは思っているより曖昧なのかもしれません。

この視点はこうしてロボットを引き合いに出して考えると極端な話のように感じるかもしれないですけど、「本物」であることとか「リアル」であることというのはすでに、僕たちの生活の中では非常に曖昧なものだと思います。例えばテレビで知るありとあらゆる「リアリティある」映像は言ってしまえば画面を見ているだけですし、電話を通して聞く離れた相手の声は「リアルっぽい」だけの音です。こう考えるとこの曖昧さが多少延長、拡大されていったところで一体何が変わるだろうか、という気にもなります。

甲本ヒロトは言っていました「リアルよりリアリティ」と。つまりはそういうことなんででしょうか。大切にすべき「リアル」って一体なんだろう。

 

人間とは他人の心にはさまれた感覚器の集合にすぎない

ジェミノイドの紹介まで終えると再び「心とは何か」の問題に帰ってきます。そこで更に本質的な指摘に進みます。

それが、ロボット演劇

心とは、感情とは、人間が人間同士や、人間とロボットとの相互作用を見て感じる主観的な現象である。そしてそれは優れた直感を持つ演出家の力を借りれば、十分にロボットでも再現可能なものである

ロボットのふるまいに心を感じる、という本書の主題がもう一度登場します。面白そうです、ロボット演劇。実際見てみたい。きっと心を感じるのではないかと思えます。

 

以上。ということで、ロボットについての本ではなく、ロボットを通して考える人間研究について書かれた本でした。

石黒先生が関わってきた人型ロボットの歴史も簡単に知ることができるのですが、そういう知識的な面よりは、やはり「ロボットって何だろう」とか「ロボットってどう進化していくんだろう」、「SF的な問題はどこまで現実的なんだろう」などなどそういったロボットにまつわる素朴な疑問を考えてみたい人におすすめしたい本です。

 

本書に興味を持った人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

石黒浩『どうすれば「人」を創れるか:アンドロイドになった私』

同じく石黒さんの著作です。こちらはよりロボット周辺の哲学的疑問みたいなものにフォーカスしてそうでしたので関心によっとはこちらを手に取るのも良いかもしれません。

 

 井上智洋『人工知能と経済の未来』

「ロボット」と隣接する分野である「人口知能」の研究がどこまで進んでおり、その進化・発達が社会経済にどのような影響を与えるのかというテーマを扱った本。『ロボットとは何か』の中でもジェミノイドというロボットによりその場に「居る」という概念が覆されるという点から労働問題との関連を指摘する話が出てきましたが、よりマクロに経済全体と技術の発展との関連を考える本です。

 

 池谷裕二『脳には妙なクセがある』

私が『ロボットとは何か--人の心を移す鏡』を手に取るきっかけになった本です。「意思」や「心」について人間の脳に注目しながら考える本。タイトルに「妙なクセ」とつけられているように、直観に反するような面白い脳のお話がたくさん紹介されており、最新の脳科学研究を解説した本でありながら非常に楽しく読み進めることができます。
書評記事も書いています。

ユヴァル・ノア・ハラリ『ホモ・デウス』

『ロボットとは何か--人の心を移す鏡』ではロボットにも心を持たすことはできるのか、というリサーチクエスチョンが考えられていましたが、その後の10年でロボットやAIの研究、そして脳科学や神経科学の研究は進み、むしろ「人間に心は本当にあるだろうか」という疑問にまで達しています。人間も高度で複雑なアルゴリズムに過ぎないのではないだろうか、と。そうした思考の、研究の先に、私たちの社会やどのような問題に直面していくのかを考える一冊。

 

藤井 保文、 尾原 和啓『アフターデジタル』

『ロボットとは何か--人の心を移す鏡』の中で、ロボットが人間らしくふるまうために、より多くのセンサーがありとあらゆるところに設置されもっと多くの情報を利用できることが必要という話がありましたし、それらを人間が利用していく未来についても少し想像しましたが、実際にそうした取組みは現実のものとなりつつあります。エストニアでは電子決済などのためのICチップを身体に埋め込むことが広がっており、中国の都市部ではオフラインのあらゆる行動もデータ化され、オンラインとオフラインの協会はなくなりつつあります。ロボットだけが進化するのではなく、ロボットと人間が生きるべき社会の環境もどんどんと変化していきますので、近い将来の社会の姿を想像したい方はこちらの本をぜひ。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。