本から本へつながる書評ブログ『淡青色のゴールド』

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書評『社会関係資本―現代社会の人脈・信頼・コミュニティ』ソーシャル・キャピタル論の現在地を知る

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書評『社会関係資本―現代社会の人脈・信頼・コミュニティ』ソーシャル・キャピタル論の現在地を知る

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は『社会関係資本――現代社会の人脈・信頼・コミュニティ』の書評記事です。NPO等で社会課題や地域課題へ対処する活動や、厳しい状況にある方を支援したりつながりをつくろうという活動をしている方であれば、多くの方が聞いたことのあるであろう社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)概念について、提唱してきた研究者は実際にどのようなことを提示してきており、その限界や実践において考えなければならない点はどこなのか、概念全体を丁寧に整理しながらポイントを明らかにしてくれる優れた入門書です。

 

内容紹介

本書は2022年秋に日本語訳版が出版された比較的新しい社会関係資本の入門書です。社会関係資本・ソーシャル・キャピタルは教育やまちづくりなど人の教育や参加に関わるような分野では広く参照もしくは言及される概念となっており、聞いたことがあるという方は少なくないでしょう。ただ、それが実際にどのような概念なのかを本当に理解しているかというと自信を持てる方はあまり多くないのではないでしょうか。本書では、社会関係資本の文脈で最も名前の挙がるパットナムだけでなく、教育や格差、それらと関わる文化について研究してきたブルデューやコールマンを含めて社会関係資本理論の「古典」と位置付け、各人の研究の概要とそれぞれの理論の課題(限界)が示されます。基本的に良いものとしてだけ理解されがちな社会関係資本理論にも負の側面が多くあることや、定義や理論、あるいは測定に多くの曖昧さや不明確な部分が残っていることを幅広い地域・分野の多くの論文や書籍を引用しながら丁寧に解説がなされている点が本書の特徴です。また、社会関係資本の古典以降の重要トピックスとしてインターネットと社会関係資本の関係についても、やや踏み込みは浅いですが論じているのも重要な点です。多くの課題はあっても今後も社会関係資本理論の活用は進んでいくでしょうし、個人的にもそうあって欲しいと感じていますが、だからこそ政策的にあるいは各実践レベルで社会関係資本の醸成や測定に関わる方にはぜひ本書を手にして基本的な理解の度合いを高めていただければと思います。ちなみに、本書を読む際には先に巻末の「解説」を読むと、全体像をスッキリと理解しながら読み進めることができやすいと思います。

Amazonの内容紹介から引用します。

社会の格差はどこからくるのか? それを克服する展望は? 人々の関係性に着目してこの問題に接近する「社会関係資本」概念。この概念を起源から紐解き、人脈や信頼が持つ正と負の影響力、デジタル時代の新たな動向も踏まえ、この概念の全体像を描き出す入門書。

本書の構成

本書は以下のように構成されています。

はじめに
第1章 概念の起源
 ピエール・ブルデュ
 ブルデュの限界
 ジェームズ・コールマン
 コールマンの限界
 ロバート・D・パットナム
 パットナムの限界
 社会関係資本の古典がもたらしたもの

第2章 人脈の力
 社会関係資本と教育
 経済領域の人脈
 健康とウェルビーイングに対する効果
 犯罪と逸脱
 概念の洗練――互酬性と信頼
 概念の細分化に向けて

第3章 隘路の散策
 社会関係資本と不平等
 同質性と多様性
 社会関係資本の逆効果
 社会関係資本の隘路

第4章 インターネットは社会関係資本を破壊するのか
 パットナムの命題――コミュニティの崩壊
 SNSは社会関係資本を壊しているのか
 液状化する社会の社会関係資本――縛られない友人関係へ

第5章 社会関係資本の政策と実践
 社会関係資本のための政策を開発する理由
 社会関係資本の測定
 社会関係資本のための政策実施
 政府は社会関係資本を生成できるか

おわりに
訳注
解説
訳者あとがき
参考文献・資料
索引

本書をオススメする人

本書は以下のような方に特にオススメです。

  • ソーシャル・キャピタルについて学びたい人
  • コミュニティ運営や地域づくりなどの実践に関わる人
  • 格差問題に関心のある人

パットナムだけではない。社会関係資本論の3人の「古典」的創始者たちとその理論

社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)について「なんとなく知っている」という方であれば、その論者としてロバート・D・パットナムの名前も合わせて思い起こされるかもしれません。実際パットナムは社会関係資本論を提唱する研究者としては非常に有名で、特にアメリカ社会の社会関係資本の衰退について詳細に論じた『孤独なボウリング』はその印象的なタイトルとも相まって、社会関係資本といえばパットナムというイメージを持つ方も多いでしょう。

ただ、本書ではパットナム「以前」の論者としてピエール・ブルデューとジェームズ・コールマンの2人も取り上げ、パットナムと合わせて「社会関係資本の古典」と位置付けているところにまず特徴があります。第1章ではブルデュー、コールマン、パットナム3人がそれぞれどのような研究を行っていたのかを解説しつつ、それぞれの研究や視点の「限界」も指摘した上で2章以降に進んでいきます。

ブルデューの理論としては、学歴や文化的素養などの個人的資産について親から子へ「相続」されるという世代的な影響等も含めて整理した文化資本という概念が有名で「自宅に本棚や本が豊富にあったかどうか」がその後の教育や成長に与える影響など格差に関わる議論でも度々言及される理論ですが、そのブルデューが社会関係資本についても論じていたことを私は本書を読むまで知りませんでした。本書によるとブルデューは社会関係資本を「特権階級が地位を得ようと画策する際に利用する資産」「経済的な側面を隠蔽させながら、きわめて効果的に、不平等を再生産するよう機能するという点で特徴的」であると考えていたといいます。社会関係資本は社会におけるエリートが保有するものであるという定義は、私たちの一般的な社会関係資本の理解(パットナムのものと重なっていることがほとんどかと思います)からはかなりズレがありますが、社会的な階層の不平等や権力への関心を持っていたブルデューの議論にはパットナムやコールマンの議論にはない強みがあり、近年は社会関係資本の研究者の中でも評価が高まってきているといいます。

社会関係資本をエリートが保有するものとしたブルデューに対して、コールマンは個人や家族に帰属する資産であるとともに、特権階級のみが持つ道具なのではなく、社会的不利益層の集団にとっても資産になると認識していたといいます。ただし、コールマンの理論には人脈やつながりに対しての楽観的な見方しか存在せず、そのような社会的なつながりを用いることのできない層に対しての視点は抜け落ちているという限界もあるといいます。

一方でパットナムは社会関係資本を個人や特定の集団が所有するものではなく、社会レベルで機能する資源とみなしたという違いがあります。

このように社会関係資本の議論は論者によって定義や視点がさまざまに異なることや、その前提としてそれぞれの論者の生きた時代背景についても触れながらその業績を紹介している点は本書の大きな成果といえるでしょう。

また、3人の理論を「古典」としてまだまだ発展途上の社会関係資本理論の源流として明確に位置付けつつ、女性の役割などのジェンダー的観点が欠けていること、歴史的な変化に関しての視点が足りないことなど「古典」に対してなされてきた批判や、その後発展してきた社会関係資本研究からの視点も踏まえて整理している点は高く評価できる点でしょう。

社会関係資本にはまだまだ不明な点や曖昧な点が多いことを無視してはならない

本書の第二章以降では、社会関係資本理論の「古典」に続くものとして、世界中のさまざまな地域やテーマで研究された社会関係資本研究を引用しながらこの概念の研究の広がりを示してくれるのですが、特に注目に値するのが第3章の「隘路の散策」です。原著では「隘路」は「darkside」という単語が使われているようです。つまり、社会関係資本理論の負の側面に焦点をあてた章ということです。

学術的な文脈ではない場面で社会関係資本が紹介される際のごく簡単な紹介を目にするとあたかも社会関係資本は社会や地域を良くするための万能薬のように捉えられてしまう場合がありますが、本書はそうではない、ということに丁寧な注意を行います。視点としては主に以下の二つです。

  • 社会関係資本には特定の社会集団もしくは社会全体に対して負の影響を与える側面もある
  • 社会関係資本の理論には因果関係が曖昧であったり、解明されていない部分が多々ある

どちらも非常に重要な点ですね。

前者については例えば、社会関係資本が不平等を助長してしまう場合について、以下のように述べられています。

社会関係資本が不平等を助長するのは、ネットワークへのアクセスが人々のあいだで不平等に分配されているからである。もちろん、利益を追求するひとつの手段として、人脈を利用する機会は全員に与えられている。だが、他者よりも価値のある人脈を持った人々がいることも事実である。(P90)

つまり超富裕層と超貧困層だけが排他的なネットワークを保有する傾向があるものの、あらゆる階層における社会関係資本の分布は、より大きな社会経済的不平等のパターンと結びついているのである。(P92)

少なくとも二種類の不平等が社会関係資本に関わっていると思われる。第一に、最も裕福で高学歴の人々は、通常、影響力のある人脈を最も多く所有している。第二に、とはいえ、人々のネットワークの性質は質的にも異なっており、支援を受ける機会は、より広い社会階層における個人や集団の位置と密接に関連している。このように、社会関係資本が社会的不平等を生じさせる唯一ないし主要な要因であるとは言いがたいが、その一端を担っているのは明らかである。(P99)

社会的な階層によって社会関係資本の影響に差があるということですので、例えば子どもの貧困対策などの特定の社会階層の受益者を対象とした活動と、まちづくりなど広範な社会階層に属する人が対象となるような活動では、社会関係資本を参照したり活用したりする場合の注意点が異なるということです。社会的インパクト評価などで社会関係資本が直接的に使われるケースは少ないと思いますが、第三者評価などでさまざまな分野の取り組みの評価に関わるような立場の方は特に注意が必要な点ではないでしょうか。

インターネットの影響をどのように評価するか

本書は第4章でインターネットをテーマとしています。パットナムの主な研究はインターネット登場以前のものですが、例えばテレビについて、政治的無関心や他人への無配慮を助長させ社会関係資本の衰退に影響しているとして基本的に否定的な評価を与えており、次なる革新的なメディアとしてのインターネットがどのように評価されるべきか、という点は気になるところです。

まだまだ研究実績自体が豊富ではないこともあり、本書全体の中での文量は多くはないのですが、それでもインターネットと社会関係資本の関係についても正負双方の側面に目を向けることを促すような解説は他の章と同様です。

まず負の側面については例えば、以下のような各論者の立場が紹介されています。

パットナムはこの問題について深く立ち入ることをしなかった。彼は『孤独なボウリング』のなかでインターネットについて簡単に触れている。そおでは、影響力を見極めるには時期尚早だが、シティズンシップよりもむしろ孤独を助長する可能性が高いと言及していた。フクヤマはさらに踏み込んで、まだ日が浅いながらも、インターネットは共有された信頼を蝕んでいると主張していた。また、デジタル文化研究所を先導したシェリー・タークルは、オンラインの交友関係は友情を必要とせずに仲間であるかのような幻想を抱かせ、対面での交流を通して学ぶことのできる相互関係を欠落させるとともに、プライバシーを損ない点に警鐘を鳴らしている。(P120)

一方で正の側面については例えば以下のような解説があります。

この効果が負の結果をもたらすとすれば、それはインターネットに本質的な原因があるためではなく、社会関係資本が持つ隘路の特徴に起因すると考えられるのである(P121)

現時点で、安く、速く、なおかつ効率的に人脈を維持できるという事実を含めて、SNSの恩恵は、その弊害を上回っているようである。しかし、これで問題が終わるとは思えない。SNSが私たちの関係性に及ぼす潜在的な負の側面は、次のように周知のとおりである。(P121)

この記述に続いてインターネットの懸念点(アクセス可能性の格差、フィルター効果や悪感情の加速の問題)にも触れられますが、著者は基本的に人々のインターネットリテラシーを信頼しているようです。

個人的には著者はSNSを始めとしたインターネットの負の側面や危険性に対してやや評価が甘すぎるように感じましたが、解説を読むと著者自身がかなりのヘビーTwitter(X)ユーザーであるとのことで納得です。その辺りは差し引いて読む必要がありそうですが、それでも負の側面について触れた研究についても紹介されている点はありがたいところです。

社会関係資本の曖昧さを乗り越え活用していくためのヒント

かなり長くなってきてしまっているので最後にします。第5章では社会関係資本理論の政策への反映や政治的・社会的な実践に関わるさまざまな研究が紹介されます。

社会関係資本のプラスの側面に着目し、それをより豊かなものにするための政策的な実践ぜひさまざまなレベルで進んでいって欲しいのですが、評価の難しさや成果が出るまでの時間的長さから政治的なイシューにわかりやすく取り入れていくことは容易ではなさそうです。

一方で必ずしも選挙のための短期的な成果に縛られないプレイヤーが多く活躍しやすい地域レベルの実践では参考にできる部分はかなりありそうですが、この場合は評価の複雑さが課題になりそうだなと感じました。

この社会関係資本という広範な概念自体の扱いについてヒントになりそうだと感じたのは、欧州委員会の資金提供を受けてOECDが実施した社会関係資本についてのレビューです。

「国際比較を可能にする測定方法について十分なレベルの標準化を達成するためには、まだ多くの進歩が必要である」と結論づけている。著者たちは、社会関係資本の各要素を分解し、「個人的関係」「社会的ネットワークによる支援」「市民参加」「信頼と協力の規範」という四つのカテゴリーに分類することを推奨している。これによって、国際的にも地域的にも、集団レベルでのより細分化された描写が可能になるかもしれない(141)(太字はブログ筆者による)

この4つの分類の視点は社会関係資本という概念が何を含んでいるかという点で非常にわかりやすいのではないでしょうか。著者はこのカテゴリ分けによって「調査結果がさらに複雑になる」ことを懸念しているようですが、個人的にはむしろこれらの異なるカテゴリがごちゃ混ぜに扱われていることこそが社会関係資本の分かりにくさや複雑さの背景になっていると感じているので、社会関係資本を活用するさまざまな文脈でこのカテゴリーを意識した解説や評価が行われると良いと思います(例えば四つのカテゴリのうち、前者2つは主に個人や家族というミクロレベルに関わるもので、後者2つは地域や社会といったより広範なマクロレベルに関わるものであり、どちらを主題としているかによって話はかなり異なるはずです)し、今後社会関係資本の議論を見かける際にどのカテゴリの話がされているのかを意識しながら読み解くことを心がけていきたいと感じました。

『社会関係資本――現代社会の人脈・信頼・コミュニティ』を読んだ人にオススメの本

最後に本書を読んだ方や興味を持った方にオススメの本をご紹介します。

ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』

まず一冊目は2023年6月に翻訳版が出版された『グッド・ライフ』です。ハーバード大学による幸福研究の成果をまとめて紹介するもので、よい人生の秘訣は良い人間関係にあり、人間関係の質が重要なのであるということを様々な研究成果を元に解説しています。上記の社会関係資本の要素分類でいえば「個人的関係」「社会的ネットワーク」に関わる研究がどのように進んでいるかを知ることができます。

岡檀『生き心地の良い町 この自殺率の低さには理由がある』

二冊目も同じく主に「個人的関係」「社会的ネットワーク」に関わるものですが、本書の舞台は日本です。徳島県海部町という日本で一番自殺率の低いのまちのフィールドワークやデータ解析などを元に自殺率の低さの要因を検討したり、そのまちにおける暮らしやすさとは何かを考えることができます。特にまちづくりなどの分野に関わる方には特にオススメしたいです。

石田光規『孤立不安社会』

続いてご紹介するのは『孤立不安社会』です。先にご紹介した二冊が社会的なつながりがあり、社会関係資本が豊かなことがどのような意義を持つのかに焦点をあてているとすれば、本書の視点は逆でつながりや社会関係資本が不足していることは個人にとって、社会にとってどのようなことなのかを考えるヒントを与えてくれます。

山岸俊男『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』

社会関係資本と日常的な感覚において近しい概念として「安心」や「安全」といったものがあります。本書はそれらのキーワードを中心に、ミクロではなくマクロ的に日本社会の中でどのような変化が起こって降り、日本社会とはどのような特徴を持つのかを様々な実験データなどから解説することを試みる内容となっています。

中谷内一也『安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学』

最後にご紹介するのは『安全。でも、安心できない…―信頼をめぐる心理学』です。先にご紹介した『安心社会から信頼社会へ―日本型システムの行方』と本書は社会関係資本の構成要素でいうと「信頼と協力の規範」に関わるものですが、本書はよりミクロ的な視点で私たち一人ひとりの「安心」「安全」といった感覚がどのように構築されるのか、その認知の構造などを心理学的な側面から解説しています。

最後までお読みいただきありがとうございました。