淡青色のゴールド

経営コンサルタントのdaisuketによる書評や読書についてのブログです

2021年読んで面白かった本15冊

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2021年読んで面白かった本15冊

こんにちは。書評ブログ「淡青色のゴールド」へようこそ。本記事は私が2021年に読んだ本の中から面白かった本を紹介する記事です。ジャンルはバラバラですし、特に最新の本をがんばって追っている訳でもないので出版から年数が経っている本も少なくありません。年に一回作成しているまとめ記事で、末尾に過去の記事のリンクも載せますので良かったらお読みください。

大きく小説・エッセイとそれ以外の本に分けて紹介します。なお、掲載順は基本的には読んだ順番です。

 

小説・エッセイ以外の本

まずは小説・エッセイ以外の本から。

『社会問題とは何か』(ジョエル・ベスト)

年末年始にかけて読んでいた本ですが、今年読んだ本の中でも最も印象が強く、人に話したり薦めたりする機会の多い本となりました。タイトルの通り「社会問題」をテーマにした本なのですが、環境問題や少子高齢化といった特定の社会問題を扱うわけではなく、すべての社会問題に共通する構造や性質は何かという社会問題という概念そのものをテーマにした書籍です。社会学の構築主義という立場から論じられた主張なのですが、この立場では、社会問題を”社会の客観的状態を指すのではなく、「これは問題である」と人々が認識している問題のこと”と定義します。この定義自体が非常に面白く、示唆に富むものです。私は普段、NPO等の非営利組織のコンサルティングを仕事としていますが、例えばNPOが寄付を集めるにしても、新聞やテレビからの取材を勝ち取るにしても、どのように注目を集めるか、共感してもらえるかということが非常に重要であり、そうした広報や情報発信の場面では、現場で苦しい思いをしている一人ひとりの受益者の辛さや気持ちとは切り離された論理が働いていたり、しばしば受益者の辛さをアピールする、つまり言葉は悪いですが利用しなくてはならず、むしろうまく利用できる問題が注目を集め「社会問題化することに成功」していくようなことが実際に日々起こっています。

日本は社会課題先進国と呼ばれる程になっていますし、気候変動問題を始め世界的な社会問題も毎日のように報道されるようになっている現代社会において、私たち一人ひとりの認識が社会問題をつくっているという構造から捉え直してみると、ニュースあるいは日々の生活の中で出会うさまざまな社会問題の見え方がすこし違ったものになるでしょう。

書評も書いておりますので良ければお読みください。

 

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『社会を知るためには』(筒井淳也)

2冊目も社会学の本です(今年は社会学の本で良いものに多くあたりました)が、こちらはちくまプリマー新書から出版されている本ですので、先程の『社会問題とは何か』と比べると初学者向けで、私自身も高校生ぐらいでこのような本と出会いたかったと強く思います。

ニュースで報じられるようなさまざまな社会問題や、あるいは政治や経済に関する出来ごとに少しでも関心を持ったことのある方は感じたことがあるのではないでしょうか?「ニュースを見てもよくわからない」と。私は大学で社会科学(政治学)を専攻し、在学中も卒業後も日々多くの本を読んでおり、仕事でも社会問題の解決に取り組むNPOと関わるなどしていますが、それでもニュースで日々報道されることをどう考えたら良いかわからないし、社会を良くしたいと思って仕事も選んでいるハズなのに、そもそも社会のことが全然わからない、と常に考えていました。この本はそんな悩みに丁寧にわかりやすく応えてくれます。社会とはこうである、と「答え」を示すのではなく「そもそも社会はわからないものである」という前提を、現代社会の特徴として解説してくれます。さまざまな社会科学の分野や研究の視点が、それぞれどのように「社会」を捉えることに向き合ってきたのかをとてもわかりやすく解説してくれるのですが、その中でそれぞれのオススメ書籍も紹介されており、自分が関心のある視点をさらに掘り下げるための方向性も示してくれる社会学の最良の入門書といえる本です。

書評も書いておりますので良ければお読みください。

 

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『人間科学におけるエヴィデンスとは何か』(小林隆児、西研、竹田青嗣、山竹伸二、鯨岡峻)

続いての本は『人間科学におけるエヴィデンスとは何か』です。人間科学とは、医療や看護、あるいは介護に教育など「人」に関わる分野のこと。誰がやっても何度やっても同じ結果が出る物理学や数学を始めとした自然科学の分野に対して、人に関わる人間科学は科学としてどうあるべきで、科学的であるために必須のエヴィデンスをどのように考えるべきなのかというような問題意識を、哲学における現象学をもとに考えることがテーマとなっています。5人の研究者や実践者がそれぞれの研究成果や論点を学術的ではありつつもわかりやすく紹介してくれており、非常に楽しく読みました。医療や福祉、教育などご自身が直接対人支援の現場に関わっている方には特におすすめできますし、また仕事が直接的に対人支援ではなかったとしても、例えば企業で育成等の人事分野に関わっていたり、あるいは複数の部下がいるなど広く教育的な業務やそうした制度の設計や運用に関わる機会のある方は一度読んで考えてみると面白いかと思います。昨今どの業界でもDXということが盛んに言われ、あらゆることをデジタル化していくことが求められるようになっていますが、人対人の関わりの中で発生する”数値化しきれない”感覚を、それでもただの感覚や名人芸・職人芸にしてしまうのではなく、言語化し知見を共有し、再現性を高めていくために、どのようなアプローチが可能なのか。そうしたことを考えるヒントをくれる論考集です。

書評も書いておりますので良ければお読みください。

 

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『利他とは何か』(伊藤亜紗、中島岳志、若松英輔、國分功一郎、磯崎憲一郎)

続いても複数の論者が同じテーマをそれぞれの研究視点から論じた本。語られるテーマは「利他」です。普段の生活をしている中で「利他的であろう」と明確な意思をもって自分の言動を選んでいる、という人はあまり多くないかと思います。それでも私たちの多くは無意識に「利他的であることは良いことである」という意識を社会通念のようなものとしてもって生活しているのではないでしょうか。社会生活の中で「利己的」な行動は「自分勝手」で良くないことであり、他人を「思い遣って」生きることが美徳であるとされています。でも、私たちは本当に自分たちが利他的にふるまっているのかとか、そもそもそうふるまうべきなのか、ということを改めて考えることはありません。むしろ、例えば寄付やボランティアのような行為を行う人を指して「偽善」と揶揄する風潮も根強いですし、そもそも寄付やボランティアといったまさに「利他的」な行動が広く一般的なものかというと少なくとも日本社会においてはそんなことはありません。
本書は、このように私たちの社会で薄く広く共有されているけれど、改めて問われるとどこからどのように考えたら良いのかわからない「利他とは何か」という問いを、哲学者・政治学者・美学者・批評家・小説家といったさまざまな立場から考えるものです。『人間科学におけるエヴィデンスとは何か』とは違い、新書で200ページ程の短い書籍ですので、気軽に読むことができます。その分、一人ひとりの分量は少ないので物足りない部分もあるかもしれませんが、それぞれの論者がご自分の他の著書や参考となる文献を示してくださっていますので、この本をきっかけに興味のある本をさらに読み進めるというブックガイド的な読み方もオススメな一冊です。

『ナラティブカンパニー』(本田哲也)

続いてはビジネス書から。PRストラテジストの本田哲也氏が2021年に出版した『ナラティブカンパニー』です。広報やマーケティングの世界でユーザーを巻き込んだストーリーやナラティブを作ることが必要であるといったことやファン向けのコミュニケーションを作り込んでいくべきであるといったことが盛んに語られるようになってきている昨今ですが、そもそもナラティブやストーリーといった概念をビジネスの世界でどのように捉え、成果に結びつけるにはどのようなことを考える必要があるのかといったことをしっかりと語ってくれる書籍が見当たらないように感じていたのですが、本書はこうした点にしっかりと向き合ってくれています。

企業起点で語られるストーリーと、ユーザー起点で語られるナラティブという形でストーリーとナラティブの違いを整理した上で、企業としてナラティブを活用するための(ナラティブカンパニーになるための)ステップを丁寧に解説してくれるのですが、単にSNSや動画といったツールをどのように活用するかといった表面的な施策レベルで検討するものではないということが重要です。本田氏が最初のステップとして重要視するのはパーパス(企業の存在意義)の明確化です。ESG投資やCSR、SDGsなどの企業の社会的責任を重視する文脈などからも注目されているパーパスですが、企業としてユーザーを巻き込むナラティブを活用するためにもまずはそもそも自組織が何を目指しているのかを明確に言語化する必要があるといいます。そうした社会的な理想像や、それを見越した社会的な大局観の中で解決すべきユーザーの課題に寄り添っていくことで、ひとりひとりのユーザーが自分ごととして語れる文脈の切り口にたどり着くことができるということです。ある程度大きな企業の一製品・サービスのマーケティング(という名のもとでの販促や広告業務)に関わっている立場の方にとっては、企業全体の経営戦略でありパーパスの設定からスタートする本書の方法論は容易には活用しにくいかもしれませんが、中小の企業に関わる方であれば前者を巻き込む動きとして提案する価値のあるステップですし、またNPO等の非営利組織に関わる方であればある程度普段から慣れ親しんでいる考え方でもあり、しかも社会課題を一人ひとりの市民に自分ごととして捉えてもらうというまさに取り組みたいことそのものについて考えるヒントを得られる本だといえます。

『民主主義とは何か』(宇野重規)

政治学者宇野重規氏の著作。新書大賞2021で第2位を受賞している作品で、新書ながら民主主義というテーマに真正面から丁寧に向き合った充実の良書です。21世紀の日本に生きる私たちにとって民主主義とはある意味当たり前のものとなっているのではないでしょうか。ただ、民主主義とは何かという問いに改めて向き合ったときに、私たちは何を言葉にできるでしょうか。日本の政治制度は民主主義を中心とした政治思想や各国の政治体制の歴史の中でどのような位置づけにあり、その課題や弱点はどのような箇所にあるのか。そうしたことを一つずつ紐解きながら丁寧に論点を示しつつ、その論述の中に宇野先生の視点や想いものっている静かに熱い文章です。本書では序文で民主主義に関する3つの問いが提示されます。①民主主義とは多数決か少数派尊重のことか、②民主主義とは選挙のみを指すものか、③民主主義は制度であるのか理念であるのか。その後民主主義に関わる政治思想の歴史、そして日本の民主主義の状況についれ触れれられた後に、冒頭の3つの問いに再度立ち返るという構成になっているのですが、最後の解説で本文中で触れられてきた政治思想家たちの視点が復習的に示される形となっており、見事な構成です。宇野さんは他の著作も非常にわかりやすく、かつ面白いものが多いのでどれもオススメなのですが、政治や社会科学をこれから考えてみたいという方には自信をもって本書をまずは一番に読みましょうとオススメできます。

ちなみに私自身は今年宇野先生の著作では『保守主義とは何か』『トクヴィル 平等と不平等の理論化』も読みました(トクヴィル本は再読)。特に『保守主義とは何か』については日本や世界の政治を考えたい方には『民主主義とは何か』と合わせてぜひ手にとって欲しいです。「保守」という考え方がそもそも何を「保守」するものなのか、それは歴史的に一様ではなく、その時々の政治や社会経済状況の中でさまざまに変容しつつ「進歩」してきたものであるということをこちらの書籍でも非常に丁寧に解説してくれます。

『人新世の資本論』(斎藤幸平)

新書大賞2021の大賞受賞作。毎年このまとめ記事にはあまり新しい本やすでに流行りきっている本は取り上げないことが多かったのですが、今年は新書大賞から三冊も紹介(『社会を知るためには』が9位にランクインしています)することになってしまいました。まぁ面白かったのだから仕方ありません。

真夏の異常な高温や、毎年大きな被害が出るようになっている大雨や台風など、気候の変動は日本で生活している私たちも普段の生活の中で感じざるを得ないことが増えてきているのではないでしょうか。本書のタイトルにも使用されている「人新世」とは、地質年代の新たな区分で人類の営みが地球の地質や生態系に大きな影響を与えてしまっている現代のことを指しています。本書はそのような人新世においては私たちは資本主義から脱し、マルクスの教えにならったコミュニズムを選択することが私たちの生活が持続可能であるためには唯一の選択肢であることを豊富なデータと明快な論理から解説するものです。書き出しが「SDGsは大衆のアヘンである」と非常に強い言葉を使っていることや、マルクス=共産主義として拒否反応がある方などからの批判も少なくないようですが、語り口が非常に明確で、筆者の強い問題意識が伝わってきますし、エヴィデンスベースの論理的な文章は非常に納得度が高いですので、キーワードや雰囲気だけで毛嫌いしている方がもしいらっしゃればぜひ読んでみて欲しいです。

個人的には「脱成長」という言葉の捉え方が変わったことが非常に大きな収穫でした。少子高齢化が進み他国に比べ経済成長が鈍化している日本社会において、過去の経済成長を謳歌し現在や未来の世代に負担を押し付けてきた年長世代のある種の逃げ口上として使われる言葉という感覚が強かったのですが、斎藤氏はそうした文脈にも触れつつそもそも「脱資本主義」することが必要であるという意味合いで脱成長の言葉を使っており、新たに研究の進む後期マルクスのコミュニズムの解説とともに自分の視野を広げてくれる書籍となりました。

結論としての私たちはどうすべきかを考える題材として紹介される事例だけで私たちの多くの行動が変わることはなかなか想像しにくかったですが、それでも特にNPOを始めとするソーシャルセクターに関わる方にとっては、自分や周囲の日々の活動を新たな大きな文脈の中で捉え直すことができる事例紹介のようにも感じました。

『孤立不安社会』(石田光規)

続いては社会学者石田光規先生の『孤立不安社会』です。所属している団体の読書会で取り上げられた書籍で、仲間たちとディスカッションしながら読み進めた本でした。タイトルの通り「孤立」という切り口から現代日本社会を読み解く書籍です。「孤立」「孤独」「ぼっち」「おひとりさま」など「孤立」やそれに類するキーワードはニュースの中でも私たちの日常会話の中でも頻繁に登場しますし、基本的にはマイナスの意味合いを想起する言葉ではありつつも、あえてそれを選択する生き方もあり、ひとりひとりの選択的な志向の問題であると捉えている方が多いのではないでしょうか。ただ、本書を読み進めていくと、あえて「おひとりさま」や「孤立」を選択できることや一定以上に他者とのつながりを享受することができるのは、社会的な強者の証であり、「孤立」は社会的な構造の中から生まれている社会課題であることを空恐ろしいほどに痛感させられます。他者とのつながりはその人が生まれ育った環境によっては「しがらみ」と感じられることもあり、特に戦後の日本社会はムラ社会的なしがらみからの解放は多くの人に求められてきたものですが、その結果たどり着いた現代社会ではつながる相手を自分で選び、しかも相手からも同時に選ばれないとつながれない社会です。第一章では「婚活」が題材となっています。選び選ばれることのハードルの高さやマッチングサイトビジネスの便利で残酷な仕組みをもとに「孤立」という問題やつながれないことに対する「不安」とはどういうものなのかが語られるのですが、婚活を経験しているかどうかに関わらず私たち一人ひとりが日常の人間関係の中で感じていることが語られていることがわかります。ニュースで語られる孤立死などの話題は自分には身近ではないと感じる方でも、誰にでも関わりのある問題であり、しかも自分がつながり格差社会における「恵まれた上位層」であることに無自覚であったことを考えさせられます。

『理不尽な進化』(吉川浩満)

今年読んだ本の中でも一、二を争う面白さだった本です。タイトルに「進化」というキーワードが含まれている通り進化論についての本であり、科学史として進化論がどのように進んできたのかといったことや進化論自体の内容についても知ることができますが、本書の主要なテーマは進化論自体を解説することではありませんし、専門的な学術書ということでもありません。本書が扱っているのは科学者ではない私たち一般の人たちが「進化論をどのように理解しているか」ということです。なぜそんなことをテーマとするのかといえば、私たち非科学者が一般に認知し理解している進化論は、実は科学的に扱われている進化論とはまったく違ったものであるからです。

例えば私たちは「コロナ禍で社会の状況が変化する中で、社会の変化に適応していかないと生き残れない」といったことや「技術の進化による発展」などといった言説に日々囲まれていますし、そこには特段の違和感もないと思いますが、こうした「環境に適応した優秀なものが生き残る」といった適者生存の法則を社会や社会の中のさまざまな側面に当てはめる考え方が、実は本来の進化論とは異なるものだといいます。

なぜそのような違いがまかり通っているのか、そこにはどんな意味があるのかといったことを、進化論自体の発展や科学者同士の対立した議論を紐解きながら、タイトルにも冠されている「理不尽」のキーワードを軸に迫っていくのですが、語り口が非常に軽妙洒脱でぐいぐいと惹き込まれます。昨今アート&サイエンスという言葉がとくにビジネス書の流行り言葉のように使われることが多いような気がしますが、本来アート&サイエンスとはこういう書籍にこそふさわしい言葉なのではないかと思います。

『ホーキング、宇宙を語る』(スティーヴン・ホーキング)

この後の小説部門で紹介しますが、今年『三体』の第二部・第三部を読みました。もうその圧倒的な面白さにしばらく放心状態となりまして、しばらく下手な宇宙ものSFを読む気になれなくて、でも宇宙についてあれこれと想いを馳せたい衝動だけは強い状態の中で読みたい本リストの中から選んだのがこの本でした。たまに宇宙についての本や物理学についての本を読むようになって10年ぐらい経ちます。その初期からずっと読もうとは思っていたのですが、読まずに来てしまっていた本書。出版からは25年以上も経つ本ですが、やはり面白いですね。非科学者に向けた書籍ということで、数式を使わずに宇宙観の歴史から、ビッグバンやブラックホール、相対性理論や量子論について解説をしていきます。さすがに量子論などはまったく触れたことのない方からしたら概念を理解するのが難しく感じる部分はあると思いますが、それでも「面白く」読めると思います。この本の面白さは、ホーキング博士が「答えを解説する」という本ではなくて、宇宙の謎について「まだわからないことがたくさんある」ということの魅力や、その壮大さについて伝えようとしているところにあるのだと思います。私たちの世界がどのように生まれ、なぜこのような姿であるのか。この問いに真摯な好奇心で向き合い、語ってくれることの魅力は、解説で言及されている通りまさに現代の神話の語り部と呼ぶにふさわしい存在でした。

小説・エッセイ

続いて小説やエッセイから5冊をご紹介します。

『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』(若林正恭)

オードリー若林さんの二作目のエッセイにして第3回斎藤茂太賞受賞作品。一作目の『社会人大学人見知り学部卒業見込』がテレビに出始めて初めて出会った「社会」への驚きや戸惑いや苦悩を新鮮な視点で書き綴る本だったのに対して、今作は打って変わっての紀行文。忙しい仕事の合間の休みに行ったキューバ、モンゴル、アイスランドの3回の海外旅行の様子が記されています。一作目から続けて読んでみると、自分より年上の有名人に対して言うのも大変失礼ですが、著者のいろんな意味で成長や変化が感じられます。資本主義ではない社会制度の国に行ってみたいと選んだキューバ、モンゴルの13世紀村や遊牧民との感じ社会における分業の意味などは、単なる社会への新鮮な驚きを越えて、現在の日本社会とその中の「自分」ということに対する真摯な「なぜ?」が思考されていますし、アイスランドの目的である年越し打ち上げ花火には自分の「好き」に素直に向き合う大人の純粋なパワーが表されています。そして、前作のテレビ出始めの頃とは違いテレビに出続けることが当たり前の日常になっていたり、年齢を重ねたり、家族に変化があったり、文章を書く経験や読書を続けた経験、そうした年月を重ねたことによるいろいろが合わさって、にじみ出ていて「ああ、生きるのっていいよな」としみじみと思わせてくれる本でした。コロナ後の状況に対する心情についての描き下ろしやDJ松永の解説も素晴らしいのでぜひ文庫版で読むことをオススメします。

『三体Ⅲ(上・下)』(劉慈欣)

第二部、第三部を今年読みました。文庫化するまで待つことが多い私としては非常に珍しく、シリーズを通して単行本で、わりと発売直後に買って読みました。素晴らしいSF作品でした。主人公が別々の三部作それぞれが、それぞれに小説としてまったく違った面白さを提示しながら、しかも第一部から第三部まで全編を通してきちんと一つのストーリーとしても圧倒的に面白いという、まだまだ浅い私のSF遍歴の中ではかなり強い印象を残す作品となりました。先にも書きましたがこの本を読み終わって数ヶ月、いまだに宇宙もののSFは手に取る気がしません。三体の素晴らしさ、特に第三部は宇宙的、時間的スケールの描き方があまりに壮大で美しく下手な作品でこのSF的センス・オブ・ワンダーが壊されてしまうのが怖かったのです。

SFやファンタジーの名文学作品を評する言葉として「映像化不可能」というものがありますね。まぁ今年も長年不可能と呼ばれていたらしい『砂の惑星』が素晴らしく美しい映像と音楽で映画化されましたし、映像化技術の進化や造り手の創意工夫の中でこれからも実現していくものはたくさんあるのだと思いますが、それでもまさに文字通りに次元を越えた規模で創造力を刺激してくるこの作品の感覚はきっと多くの方にとって「SFって、小説って素晴らしい!」という思いを更新してくれる体験となるでしょう。

『消滅世界』(村田沙耶香)

続いては村田沙耶香さんの作品。ちょうど一年前ぐらいに『コンビニ人間』を読んだのが初めてだったのですが、続いて手にしてのがこの作品となりました。人工授精が当たり前になった近未来の日本を舞台とした作品です。「人工授精が当たり前に」というだけでは、「そういうこともありそうだな」とスッと受け取ってしまいそうですが、この作品のすごいところはさらにコンセプトを一歩踏み込んで、その世界においては「夫婦間のセックスは〈近親相姦〉とタブー視される」というルールを持ち込んだところにあります。種としての生殖と恋や快楽は分離され、後者の対象は家族とは別の恋人やキャラに対して行うことが当たり前となる世界の中で、父と母の〈交尾〉によって生まれた存在である主人公・雨音の結婚観や家族観、子育て観を軸に話が進んでいきます。

大変エッジの効いたコンセプトの作品なのですが、そこで語られていることや考えさせられることは、決して突飛なお話の世界のことではなく、私たちの日常の感覚です。作中では「実験都市・千葉県」での妊娠・出産と子育ての様子が描かれます。親子が切り離され、家族特有の絆というものが存在しないその世界観をディストピア的に感じる方もいるかもしれませんが、逆にユートピア的に感じる方も少なくないでしょう。NPO等で子育て支援に関わる活動をされている方の中にも「子育てを社会化する」「社会みんなで子どもを育てる」ということを理想として描く方も多くいらっしゃいますし、私もそう思います。この本で描かれていることは極端であることは確かですし、それがそのまま実現すれば良いとも思いませんが、では「社会で子育てをする」ことの理想とはどのような姿なのか、この本を題材に考えてみるのも面白いかもしれません。

『国宝(上・下)』(吉田修一)

吉田修一の作品は文庫化したものはすべて読んでいますが、過去の作品の中でも圧倒的に面白かったです。芸術選奨文部科学大臣賞、中央公論文芸賞をW受賞したこともあり、著者の作家生活20年の集大成ともいえる最高傑作ではないでしょうか。長崎の任侠の家に生まれた主人公・喜久雄は浮世離れした美貌を持ち、とある出来ごとをきっかけに歌舞伎の世界に入ることになり…、という歌舞伎の世界を舞台にした芸道小説です。芸道小説は文学の中でも一大分野で人気のある作品も多いですが(個人的には山本周五郎の『虚空遍歴』が一番好きです)、本作は数ある芸道小説という分野の歴史においても非常に優れた作品ではないでしょうか。主人公・喜久雄を始め登場人物たちの芸や人生に対するひたむきさが高度経済成長期からバブルを経て平成に至るまでの日本社会を鮮やかな背景として描きつつ、要所で描かれる歌舞伎作品の演技の描写は歌舞伎自体に詳しくない私にも目に見えるようで息を呑む美しさでした。そしてなにより、本作の特徴は地の文にあります。まるで舞台作品の語り(ナレーション)のような文体で、全編を通して小説を読んでいるというよりも舞台で演じられている演劇作品や映画を見ているかのような感覚に陥ります。吉田修一はまだ読んだことないという方にも読んで欲しいですし、『悪人』や『怒り』だけは読んだことあるけどご無沙汰だなという方にもぜひ手にとって欲しい一冊です。

『ハーモニー』(伊藤計劃)

若くして病で亡くなったことを非常に多くのSFファンから悔やまれる伊藤計劃氏のオリジナル長編二作目。出版から10年以上経過している本ですが、コロナ禍の2021年の読書を締めくくるにはふさわしい本でした。描かれるのはデビュー作でベストセラーの『虐殺器官』の世界の先の混乱の、さらにその先の平和になった世界のお話です。医療技術の発達により病というものが社会的に存在しなくなったユートピア的世界が舞台ということで病がテーマにされているのかと思いきや、病気そのものではなく、病気やそれを発症しうる個人に対しての、社会の、私たち相互の監視社会が描かれていました。技術的にはスマートウォッチなどのウェアラブルデバイスの他、体内に埋め込み身体の恒常性を観測する技術はすでに現実のものとなってきているので、医療技術的な観点から本作について考えるのも面白そうですが、個人的には社会的な側面が気になりました。政治的な動きの中でも監視社会的な予兆が見えると、SF的ディストピアの想像力で風刺したオーウェルの『1984年』が引き合いに出されることが多いですが、無言の同調圧力や空気による支配が日本的なやさしさの名のもとにあくまでもユートピアとして展開される本作の世界観の方がありえそうですし、怖さを感じます。withコロナ、afterコロナと呼ばれる生活様式の中で、私たちはお互いにどのような振る舞いを求めていくのでしょうか。


以上、今年読んだ本の中から面白かった本15冊を選んでご紹介しました。一冊でも興味を惹かれる本があれば嬉しいです。

 

過去の年の面白かった本まとめ記事

最後に昨年以前の記事のリンクも掲載しておきます。ご興味のある方はご覧ください。

 

daisuket-book.hatenablog.com

 

2019年分は未作成で、2018年〜2014年分までは別ブログ(本業のブログ)で書いていましたので、そちらのリンクを載せておきます。

www.daisuketsutsumi.com

 

最後までお読みいただきありがとうございました。